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王太子マティアスの断罪

 翌朝、シェリィが目ざめた時には、バードはもう消えていた。

 いくらか落胆し、シェリィは繋いでいたはずの手を見下ろした。

 試しに何度かバードをフルネームで呼び、姿を現すよう呼びかけてみたものの、効果はなかった。

 無理もない。シェリィとバードは既に主従関係にないのだ。いや、正確に言えば、もともとシェリィの母とバードには、召喚の契約関係すらなかったのだから。

 王宮はシェリィを捕えてはいたが、どうやらある程度の世話はしてくれるつもりらしく、爽やかな「おはようございます」との挨拶と共に、数人の女官達が部屋にやってきた。

 女官達は手にたらいとタオルを持ってきており、シェリィが顔を洗うのを手伝った。

 さらには髪を整え、シェリィのために新たなドレスを持ってきてくれていた。

 思えば誰かに着替えを手伝ってもらうのは、久しぶりだった。

 国王がおそらく準備させたと思われるそのドレスは、白地に赤や桃色の花柄が入ったもので、裾にビジューが縫い付けられ、とても綺麗だった。

 コルセットを締め、足元からドレスを持ち上げてもらって着ていく。

 丁寧にシェリィの顔に化粧を施し終えると、女官の一人が言う。


「お支度を終えたら、国王陛下が謁見の間でお待ちです」


 きっと公爵邸の地下の捜索が、終わったのだろう。昨夜から覚悟をしていたが、シェリィは緊張で今にも血管が破れそうなほどドキドキしながら、女官の案内で謁見の間に向かった。


 謁見の間には、マティアスの婚約者として何度も入ったことがある。

 壁は金やガラスで装飾されており、等間隔で歴代の国王の絵画が掛けられていて、非常に絢爛な空間となっている。

 奥に向かって真紅の絨毯が敷かれ、その先には国王が座る玉座があった。

 通常は訪ねてくる者を、国王が玉座に座って迎えるものだったが、今日は勝手が違う。その理由は謁見の間に入るなり、シェリィにはすぐにわかった。

 その場に、ブルーノもいたからだ。

 儀礼上、帝国の皇太子の代理人を立たせて、国王が座っているわけにはいかない。

 シェリィはブルーノの存在を意外に思ったが、それより驚愕したのは、国王のそばにポーレビン辺境伯夫人とコレッタがいたことである。

 辺境伯夫人はシェリィを見ても何の表情も浮かべなかったが、コレッタはシェリィが気づくか気づかないか程度に微笑み、ごく小さく頷いて見せた。

 シェリィは国王のそばまで歩くと、膝を丁寧に曲げて頭を下げた。


「国王陛下にお目もじ仕ります」

「やれやれ。昨日はとんでもないことをしでかしてくれたな。――と言いたいところだが、お陰で隠されようとしていた悪事を暴くことができそうだ」


 国王が何を言いたいのかがまだ判然としないため、シェリィは首を傾げつつ慎重に顔を上げた。

 国王はブルーノを見つめて厳かな声で続けた。


「大晩餐会の後で、昨夜はファイエット卿から八ヶ月前の我が国の魔獣討伐隊の救援時の話を聞いた。そして大変遺憾なことに、事実はお前の叔父の当時の調査報告とは、かなり違っていたようだ。――ラズロの部隊は壊滅したが、不審な点がいくつか見受けられた」


 つまり国王は現公爵が信用に足らない人物だと気づいたのだ。調査に当たった現公爵は、自分に不都合な事実を揉み消していた。


「約束通り、昨夜のうちに私は公爵邸に捜査のための衛兵をやった。そしてその結果を伝えに来たのが、ポーレビン辺境伯夫人だったのだ」


 なぜ辺境伯夫人が、と問うようなシェリィの視線を受けて、彼女が語り出す。


「昨夜遅くに、キャドベリー家の執事が我が家を訪れたのですよ。なぜ執事がうちの戸を叩いたかはわかりませんが、その様子がただごとではありませんでしたのでね。迎え入れました」


 執事は辺境伯夫人に、公爵邸に王宮の衛兵がやってきて揉めていると伝えた。執事の身分では、王宮に上がることはできない。そのため、辺境伯夫人に助力を求めたのだ。

 辺境伯夫人はすぐに国王へ謁見願い、公爵邸に衛兵を派遣した事実があるのかを、確認した。あわせて、床下からユトレヒトと思われる遺体が出たことも伝えたのだ。

 遅れて公爵邸から引き上げた衛兵隊長は、国王が驚いたことに床下から発見された遺体について報告をしなかった。だが先に情報を得ていた国王自ら衛兵達を尋問すると、王太子に借りがあった隊長が、意図的に事実を隠していたことが発覚した。

 国王が神妙な面持ちでシェリィに言う。


「公爵は今から取り調べる。また、マティアスと公爵令嬢アンジーとの婚約は、正式に破棄する」


 シェリィは差し出がましい質問だろうか、と思いつつも気になって尋ねた。


「マティアス殿下への処分はお考えですか?」

「もちろんだ。だが最終的な結論は、前公爵であるラズロの件が明らかになったら、出すつもりでいる。――もっとも、昨日既に帝国の信頼を失い、何より妖精王の忠告を無視するわけにはいかぬ。廃太子は免れないだろう」


 マティアスが、王太子ではなくなる。

 その決断は国王にとって決して簡単ではなかっただろうし、マティアス本人には全人生を否定されるような屈辱を感じるだろう。

 国王は胸に手を当て、深々と頭を下げた。

 国の頂点に立つ者に低頭されるとは思っていなかったシェリィは、狼狽して思わず後ずさった。

 国王が頭を下げたまま、後悔の(にじ)む声で言う。


「シェリィ=キャドベリー嬢。貴女には本当に申し訳ないことをした。身勝手な婚約破棄を認め、臣下の奸計(かんけい)に気づかなかった私が、未熟だった。謝罪の印として、王室から八千万ドランを準備させていただく」


(八千万って。すごい額だわ……)


 シェリィは面食らったが、かと言って不要ですと言う気もサラサラない。

 国王は頭を起こすと続けた。


「マティアスがキャドベリー嬢の平穏な人生を邪魔することは、今後ないだろう。これで少しはシェリィ嬢の無念が晴れただろうか」


 シェリィは目の前に立つ国王を毅然と見上げた。


「畏れながら陛下。私は私念を晴らすために異議を唱えたのではありません。父の件を調べていただくためです。疑惑を抱えたマティアス殿下が将来国を率いることは、誰のためにもなりません。私が今まで上げた声は、無視されました。ですが糾弾する舞台が大きいほど、疑惑を隠しきれなくなると考えたからです」


 国王は目をゆっくり閉じて、感慨深げに頷いた。


「なるほど」


 シェリィは次にくるりと体を反転させ、辺境伯夫人を見つめた。

 彼女はなんでも聞きなさいな、と言いたげに片眉をヒョイと持ち上げる。


「辺境伯夫人に、心より感謝いたします。――ところで、なぜ夫人は私の手助けを?」


 辺境伯夫人は、豪胆な外見とは裏腹に、珍しくフッと柔らかく笑った。


「そうねぇ、夜中に訪ねてくる執事の無理難題を、突っぱねることは可能だったわね。けれど、私はそうしたくなかったの。理由はごく単純よ」


 そこまで言うと、辺境伯夫人はシェリィに歩み寄り、彼女を真正面から見つめた。


「私はコレッタを連れて、十三年前に初めて王都に来たわ。以来、王都の貴族達の中で、貴女だけがうちの子を差別しなかったからよ」


 思ってもいなかったことを言われ、シェリィは言葉が出てこない。

 コレッタとは自然な流れで仲良くなったし、自分自身も助けられてきた。

 シェリィにとってはなんてことはない普通の友情だったが、周りから見ればそうではなかったらしい。

 驚いているシェリィから、辺境伯夫人が視線を国王に移す。


「それに陛下。例え関係者が冷たかろうとも、無関係な者から親切を受けることもあるのだと、このような若い子が知るのは、何も悪いことではありませんわ。身分に関係なく、悪いことをすれば必ず報いを受けるものです。それが陛下の法治国家ではありませんこと?」

「……なるほど。単純な理論を疎かにすると、大事なことを見誤るな。肝に銘じよう」


 国王が真剣な面持ちになり、ブルーノに話しかける。


「前キャドベリー公爵の失踪と、ユトレヒトを調査する過程で、貴国の第一皇子のステン殿下にもお話を伺わねばなりません」

「承知しております。第一皇子は叛逆の嫌疑がかけられておりますから、我が国も尋問したいことがたくさんありますので、皇帝陛下もお許しくださるでしょう」


 謁見の間の静かな安堵の空気を壊したのは、突然駆け込んできた女官だ。

 長年王宮に勤めている品行方正な高齢な女官がノックもそこそこに、あられもなくスカートの裾を蹴り上げて、扉を破らん勢いで駆け込んでくる。彼女は国王が「どうした」と声をかけるより早く、肩で息をしながら言った。


「大変です! ゴダイバ帝国の軍隊が、武装して王宮の正門に詰めかけまして……」

「何っ⁉︎ いつの間に! すぐに衛兵を集めよ」

「帝国軍は、ファイエット卿と共に皇太子代理として、我が国に入国した兵達です。皆、すぐそばの迎賓館に逗留していましたので、既に正門を突破しております」


 国王が謁見の間の隅に立つファイエット卿を、険しい表情で振り向く。

 一方のファイエット卿は少しも慌てた様子なく、何も言わずに肩を微かにすくめた。


「どういうことですかっ⁉︎ ご説明を!」


息巻く国王の前に、遅れて王妃が駆け込んできて説明をする。


「陛下、帝国軍が入城しました。我々には止める権限がありませんでしたの。なぜなら、帝国軍は宗主国旗を掲げておりましたので」


 通常、他国の兵隊が武装して王宮に入ることはできない。それは戦争を意味する。

 だが宗主国旗を掲げた場合、属国のリンツ王国が逆らうことはできないのだ。もっともそのような事態は史上、一度も起きたことがなかったが。

 国王が謁見の間から走り出ながら、王妃に尋ねる。


「帝国軍を率いているのは、誰だ? ここにファイエット卿がいらっしゃると言うのに」

「帝国のバシレオス皇太子殿下ですわ」

「皇太子っ⁉︎」


 代理がここにいるのになぜ本人が、と気色ばむ国王を後ろから追うのはブルーノだ。彼はふと悠然と振り返り、シェリィに言う。


「最高のタイミングとなりましたね」


 シェリィはなぜブルーノが自分に話しかけたのか、そして彼の言葉の意味もわからなかった。

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― 新着の感想 ―
今回も帰りの電車の中で待ちきれずに読んでもう号泣しちゃいました! 夫人の言葉でもう我慢できませんでした… 王都の貴族たちの心ない仕打ちにどれだけコレッタちゃんが心を痛め、傷つき心折れていたか… そして…
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