公爵邸の捜査
公爵邸の地下室は、夜中とは思えぬほど騒々しかった。
堅牢な石造りの廊下を土ぼこりが舞い、視界を悪くしている。
地下の一角では煌々と明かりがつけられ、十人近い屈強な作業者たちがツルハシをもち、カーンカーンと床の石畳に叩きつける。その度に土埃が灰のように舞い、薄暗い視界を更に濁らせる。
主人が建国記念日の式典に参加するために王宮に出かけて留守にしている公爵邸に、突然現れた王宮からの使いは、作業者を引き連れた衛兵だった。
彼らは執事に懺悔の間まで案内させると、王命であるとだけ説明をして、床を剥がし始めたのだ。
屋敷の使用人達は、離れているよう衛兵に指示されたが、キャドベリー家の者が誰もいない状況で軍人を中に入れていることに、流石に彼らも居ても立っても居られない。
結果的に執事や侍女達は、作業の様子を廊下から覗いた。
侍女達が、執事に不安そうに尋ねる。
「あんなところを、なぜ衛兵が掘るのでしょうか?」
「以前ここに閉じ込めたのに逃してしまった泥棒と、何か関係が?」
この懺悔の間にかつて捕えられた泥棒は、シェリィだったと執事は知っている。だから泥棒と床下は関係ないと分かっているが、それを説明するわけにはいかない。
むしろ執事が気になるのは、衛兵がやってきて石畳を破壊していることを、現当主が把握しているのかだった。
「私もわからないよ。けれど確かなのは……以前、現公爵様のご命令で敷き直された床を、今なぜか掘り直していると言うことだ」
「と言うことは、公爵様が何か床下に埋めたのでしょうか?」
執事が答えに窮する。
何を埋めたのか、執事はもう自分が答えを知っている気がした。
急に悪寒がして、執事はぶるりと震えた。彼が思いつくのは一人だ。
シェリィの前にこの懺悔の間に幽閉されていたのは、ユトレヒトだったのだから。
その時、大きな岩を剥いだ作業員が「うおっ? なんだこれ!」と大きな声を出した。それを合図のように、作業員や衛兵が一箇所に集まって床下に開いた穴を見下ろしている。
執事と侍女達も、思わず距離を詰めて懺悔の間の扉を密かに小さく開き、中を覗きこむ。幸い懺悔の間の中にいる衛兵や作業員達は、床下の何かに気を取られ、彼らが覗いていることに気がついていない。
数人の作業員が穴の中に手を突っ込み、土を避けて何やら慎重に掘り出している。やがて衛兵の一人が目を凝らして言った。
「これは、甲冑か?」
土を手で払い、身をかがめて甲冑を凝視して作業員がゴクリと喉を鳴らす。
「よく見ると色が全体に真っ白です。非常に分厚いですし、もしや魔獣討伐用の甲冑ではありませんか?」
「よく見せろ」と最も年嵩の衛兵隊長が、作業員に近づく。彼は自らの手は汚したくないのか、土には触れようとせず、代わりに作業員に命じる。
「甲冑の首元に識別番号が刻まれているはずだ。番号を探せ。何番だ?」
ハッと顔を一度上げてから、作業員が甲冑を覆う土をハケで勢いよく払い、声を張り上げる。
「リ5―2566番、と刻まれてあります」
直後、執事がよろめき、廊下の壁に両手で縋った。懺悔の間の中に聞こえないよう、周りにいる侍女達に小声で話しかける。
「あの番号なら、ユトレヒト様の甲冑だ……! 間違いない。ああ、なんということだ!」
衛兵達の間にもざわめきが広がる。
だがそれとは対照的に、それが魔獣討伐隊の隊員に振られる番号体系だと知らない作業員達は、キョトンと目を瞬いている。
執事が側頭部を押さえながらも、懺悔の間から聞こえる声に聞き耳を立てた。
識別番号を尋ねた衛兵隊長が、作業員達に語りかける。
「すぐに甲冑を掘り出せ。これはお前達が見てはならないものなのだ」
「はい? それはどういうご指示で……」
「今夜、公爵邸の床下には何も埋まっていなかった。誰に何を聞かれても、そう答えよ。わかるな?」
まるで脅すような地を這う声に、作業員達が青ざめつつも首を縦に振る。
他の衛兵達も指示内容に困惑しているようだが、上官の決定事項に口を挟む者はいない。
執事の隣で中を覗き込んでいた新米の侍女が、ハッと息を呑んだ。叫びそうなのを堪えでもしているのか、口元を両手で押さえて、執事に耳打ちする。
「よく見てください、ほ、骨が……。甲冑の中に、人骨が見えています!!」
公爵邸の床下に死体が埋まっているのか、と気づいて侍女達が騒ぎ出す。
カツカツと規則正しい足音を立てて、衛兵の一人が扉に近づく。この頃には流石に衛兵も扉の向こうに人がいると気づいていた。
「衛兵達がこっちに来るわ!」
足音に焦ってその場を逃げようとする侍女達を、執事が静止する。今から廊下を走れば、何か見たのではないかと、かえって怪しまれてしまう。
執事はあえて自分から、懺悔の間の扉をノックした。
扉が大きく開かれる瞬間に、執事は引き攣る顔を柔和な微笑みに変え、ごく落ち着いた声で衛兵に語りかける。
「衛兵の皆様、サロンに紅茶と夜食をご準備いたしました。少しご休憩なさってはいかがです?」
当然、夜食など誰も準備していない。完全なハッタリだが、執事は賭けに出た。
そして彼の予想通り、衛兵は夜食などに目はくれなかった。
「我らは緊急の任務中なのだ。心遣いはありがたいが、休憩を挟む予定はない」
「左様でございますか。かしこまりました」
あくまでも残念そうな声色で、執事が引き下がる。
その背後の侍女たちの非常に不安そうな顔を見て、衛兵が言う。
「床下の捜索は衛兵のみで行う。部外者は離れていなさい」
屈強な衛兵にそう言われ、執事は従順そうに頭を下げて後ずさる。だが新米の若い侍女がたまらず小声でつぶやく。
「部外者はどっちよ? うちの執事は、三十年以上公爵邸にいるのに!」
「しっ! 聞こえたらどうするの。王宮の衛兵に失礼なことを言っちゃダメよ」
執事が衛兵に再び頭を下げる。
「それでは私どもは、上の階に控えております」
「そうしてくれ。地下にはもう近づくんじゃない」
衛兵が扉を再び閉める瞬間、執事は懺悔の間の様子を素早く確認した。
作業員達は掘り出した甲冑を麻袋に詰め始めている。
どうやら衛兵達は、甲冑を人に見られたくないようだった。
指示通り懺悔の間から離れつつ、侍女達が身を寄せ合って囁く。
「ねぇ嫌だ。骨って本当にあのユトレヒト様なのかしら? 衛兵はあの甲冑を……ユトレヒト様をどうするつもり?」
「まだユトレヒト様と決まったわけじゃないわ。ここにいたはずがないもの」
「そうよね。しかも埋まっているわけない……」
暗い廊下をランプで照らしながら、執事は唇を噛んで大きく深呼吸をした。
屋敷の主人は今いない。
王宮から来た衛兵の仕事に、逆らうのは危険だ。
けれど衛兵は隊長の一存で、ユトレヒトの甲冑を隠そうとしている。
執事の脳裏には、床下を気にするシェリィの不安そうな顔が蘇った。
だが貴族でもない一介の老執事に、一体何ができるだろう。泥棒に逃げられた責任を問われ、以来ずっと給与は半分にされている。どうせ近いうちに公爵邸をやめる予定だ。
(――いや。ならばむしろ最後に大きな行動に出ても、もはや後悔はない……)
執事として長年、公爵家の屋敷に勤めてきた。
最後に、真に執事らしい仕事をしてそのキャリアを終わらせよう、と彼は考えた。仕えた公爵家での仕事への幕の下ろし方としては、最高に相応しい気がした。
今執事が助けを求める対象として、思いつくのは青のティアラを公爵の手から堂々と奪い返した貴族の令嬢と、その母だけだった。
執事は、新米の侍女に命じた。
「すぐに馬を出してくれ。ポーレビン辺境伯に火急の伝言がある」
目を白黒させる侍女に口を開きかけ、執事は思い直した。
「いや、いい。私が直接いく」というと、彼は地下から地上階への階段を駆け上がった。




