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王宮の祝賀会④

(バードが、なぜここに?)


 いや、他人の空似だろうか、とシェリィが目を凝らす。

 バードは今、人間界にいる妖精のシンプルなローブとは違って装飾の多い衣を(まと)っているだけでなく、首周りや手首に黄金の装身具をつけているせいで、見慣れた妖精とはまったく別者に見える。

 紫色の瞳は真っ直ぐに前を見つめ、その場の混乱などまるで気にする様子もない。大聖堂の天井から舞う白銀の光と美しい造形が相まって、非常に幻想的な光景だ。

 手本のように真っ直ぐに伸びた姿勢は綺麗で、ローブの裾を払いながら進むなめらかな歩き方は重力を感じさせず、人々の目を奪う。

 今度は何だ、と参列者達が固唾を飲んで展開を見守る。


「バード、大聖堂には入ってはいけないと、言っておいたはずよ!」


 アンジーが自分の使い魔を注意するが、バードは聞く耳を持たず奥にいる国王の元へと進む。彼は国王が衛兵に何かを命じる前に、口を開いた。


「妖精女王は二千年前に、人間達に平和をもたらすため、その指導者に魔力を与えました。ですが魔力を授けられるにふさわしくない者が現れた時、その地を治める者は妖精女王に魔力を返さねばならない約定(やくじょう)でした」

「それがどうした! 守護妖精は呼んでいない。いくらアンジーの守護妖精とはいえ、許されないぞ! すぐに出ていけ」


 マティアスが大聖堂の出口を指差し、退場を命じる。だがバードはそれをサラリと無視し、彼の動きを制しようとした衛兵達をかわす。

 通路は狭く、すぐ近くにたくさんの王侯貴族達が座っているため、衛兵達も剣を使うような大きな動きができない。

 アンジーがたまらず命じる。


「主命よ、バード・シュタインベルク! 直ちに大聖堂を出て行きなさい!」


 だがバードは従うことなく、そのまま壇上に上がった。守護妖精はフルネームで主人に命じられれば、絶対に従うはずのだ。言うことを聞かないバードに対し、アンジーが唖然と口を開いて硬直する。


「ど、どういうことなの? なぜ私の使い魔なのに、従わないのよ!」


 バードが壇上でアンジーをゆっくり振り返り、無感情に見つめて言う。


「私は貴女の守護妖精ではありません。今までも、これからも」

「なんですって⁉︎ ま、まさか……お前はまだシェリィに仕えているとでも⁉︎」


 アンジーがバードを壇上で睨み上げる。彼女は守護妖精が、今朝までとはまるで別人のように冷めた目で自分を見下ろしている事実に、狼狽えた。

 とはいえ、王室の席を立つ気はサラサラなく、掴み取ったその座から腰すら上げる気はないようだった。

 バードは動揺するアンジーを前にしても、無感情に答えた。


「私は誰の守護妖精でもありません。誰も私に何かを命じることはできない」


「なんですって、どう言うこと⁉︎」と金切り声をあげるアンジーを黙らせるかのように、バードは右手を前に掲げて指をパチンと鳴らした。するとその直後、空間を切り裂いてバサバサと白い書類が国王の足元に落ちてきた。

 空気抵抗で不規則に舞った紙の一部が、ブルーノの近くにも滑ってきたため、彼が拾い上げて書面に目を落とす。

 書類には何やら記号や個数、そして値段が記載されていた。

 国王のつま先に落ちたのは一冊の冊子であり、しかめ面で彼が拾い上げ、ペラペラと中を捲る。

 彼らの行動を見ていたバードが、冊子の内容を説明し始めた。


「間にカモフラージュのための会社が複数存在していますが、それは現キャドベリー公爵が、ゴダイバ帝国の第一皇子ステンから受け取った裏金を記録した帳簿です」

「バカなことを言わないで、バード! そんなものがうちにあるはずないでしょう」

「悪事を働く強欲な者は、己の利益の記録にも余念がないものなのです、アンジー様」


 静まり返る堂内でバードは淡々と続ける。


「興味深い記録もありました、『ユトレヒト処分記』というものです。『人形化』した男を王太子マティアスに頼まれ、人知れず毒殺して始末するまでが克明に綴られています」

「バカな! 私の名が勝手に使われただけだっ」


 その場にいる全員に弁解するがごとく、マティアスが大仰な身振りで訴えた。

 するとバードが一冊の薄い冊子を床から摘み上げ、国王に差し出す。


「どうやらマティアス王太子は、何か捜しものがあったらしい。――記録によれば、彼はある高貴な方の大事な指輪を、ユトレヒトが盗んだに違いないと考えたようです。何としても見つけようとしたのか、王太子は魔術で心の中を覗こうとされたと」


「人の心を覗くのは、呪術では?」と皆が騒つく。

 同時に、人々はシェリィとブルーノを交互に見た。

 探していた指輪とは、まさに話題に上がっていたステン皇子の指輪なのでは、と誰もが推察したのだ。


「ユトレヒトは既に何かを聞き出せる状態になく、マティアス王太子はその指輪を見つけることができなかったようです」


 淡々と話すバードから、国王が震える手で冊子を受け取る。

 バードは次に公爵に視線を送った。


「――知恵の働く悪人は、保険にも余念がない。この記録は、何かあれば、王太子に圧力を掛ける材料に使う算段だったのでしょう」


 マティアスがみるみる青ざめていく。

 想定外の悪夢に呼吸まで忘れたのか、苦しそうに胸を右手で押さえている。

 バードは相変わらず鉄面皮のような冷静さで、けれど堂内に響き渡る明瞭な声で言った。


「アンジー様の守護妖精となり、自由に公爵邸の中を動き回れたとはいえ、これらを探すのは本当に骨折りでした」


 公爵が喉を震わせて国王に縋る。


「お前は我が公爵邸内を、ずっと物色していたのか! アンジーの忠実な下僕のような(ツラ)をして!」


 バードは公爵に言い返すことはなく、壇上を更に進んで妖精女王像の前までやってきた。


「二千年前、我ら妖精の女王は魔力が人を苦しめる道具として扱われる未来を危惧されました。最早、事態は明らかと言えましょう」


 バードが祭壇の前で足を止め、岩に突き刺さる王杖に手を伸ばした。

「やめろ、神聖な王杖に触れるな!」と大司教が注意するが、ほとんどの人々は黙っていた。なぜなら警告を与えずとも、古の王杖は触れる資格のない者が手を出せば、炎に触れたかのように熱く感じられるため、そもそもはなから手に取れるものではないからだ。

 バードもせいぜいが指先で軽く触れられる程度でおわるだろう。 

 けれども人々が予想した瞬間はやってこなかった。

 バードはいとも簡単に王杖に触れた。

 その瞬間、彼の背から眩い光の粒が溢れ、まるで四枚の翼のように形作った。

 妖精の翼だ、と誰もが息を呑む。

 それは妖精女王の伝承で語り継がれるもので、妖精王族が大きな魔力を使う時に具現化するのだという。

 祭壇に設置された妖精女王像の翼に比べると、下の二枚の翼はやや短い。だがバードの背に現れたものは、どう見ても伝説の翼だった。

 バードは王杖をしっかりと握ると、勢いよく岩から引き抜いた。

 金属が岩を擦る硬質な音が響き、言葉を失った人々の沈黙が続く。

 バードを捕まえようと壇上を上がりかけていた衛兵達が、驚愕のあまりどうしていいか分からず、壇に片足をかけたま止まってしまう。

 帝国から授かりし王杖に触れられるのは、ごく限られた者だけのはずなのだ。その誰であれ、衛兵達が捕まえていい存在ではない。

 人々はステンドグラスの明かりのもと、黄金色に輝くサビひとつない長い王杖を見ていた。

 やがて一人、二人と騒ぎ始める。


「王杖が抜けたぞ!」

「あり得ない!」


 皆が口々に混乱する中、バードは王杖を握りしめて大聖堂の中にいる者達を振り返る。

 バードは下ろしていた王杖の先をグッと持ち上げ、大聖堂内によく通る低い声で宣言した。


「リンツ王家の後継者が、古の約定を破りました。それ故、妖精王は今日、私をここに遣わされたのです」


 堂内に集う誰もが、ただバードの言葉に耳を傾ける。


「妖精王は代々、人間界の皇帝や国王と、その()()()達を見守り続けてきました。マティアス王太子は、今や争いの種と化しました。魔力は人間の国々が争わぬために授けたものであり、支配者による逆の目的での使用は禁忌です。――リンツの国王よ、選びなさい。この者の排除か、魔力の返上か?」


 バードは王杖の先をグッと持ち上げ、壇上の中央で立ち尽くすマティアスを指し示した。同時に釣られるように、堂内にいる全員の視線が彼に集まる。

 マティアスがビクリと震え、直後に彼の顔色が急速に悪くなっていく。

 マティアスには王太子だからこそ、超えてはならない一線があった。

 魔力は王国の統治者たる適性が失われれば、妖精界に返上しなければならない。

 それが古の初代皇帝と妖精女王の約束だからだ。

 バードは王杖を両手でしっかり抱えると、冷徹さを帯びた声で言った。


「妖精王陛下はリンツ王国の行末を注視なさっています。国王の選ぶ答えは、国そのものの未来を決めることになるでしょう」


 建国記念の祝いの場が、一転して国家存亡の危機に瀕したことを、この場にいる皆が悟る。

 一方でバードが本当に妖精王の使いなのかを、誰もが疑った。本物など見たことがないからだ。 

 目の前の光景が、現実なのかすら怪しい。そして皆の半信半疑ぶりに呼応するように、手に持つ王杖ごとバードの体が薄くなっていった。

 やがて王杖もろとも、バードが完全に消えた。

 誰もが呼吸すら忘れたかのような、完全なる静けさが場を支配する。

 何が起きたのかを正確に把握するのは困難だったが、はっきりしているのはリンツ王国が今この瞬間、王杖を失ったということだ。

 沈黙を破ったのは上位貴族の席にいる、初老の貴族の女性だった。彼女は魔力で輝く貴石のついた指輪を指にはめていたが、手元を見て隣に座る夫をこづいた。


「私の魔力が消えたわ……。指輪が光らないの。ただのガラス玉のようになってしまったわ!」


 大聖堂にいる人々はしばらくの間、誰一人動くことも口を開くこともできずにいたが、彼女の声を契機に混乱に陥った。

 大聖堂の中から、魔力が失われた。それだけでなく、恐らくリンツ王国の領土全体から消えたのだろう。

 そんな中、混乱の中に叩き落とされた状況を今一度統制すべく、口を開いたのはリンツ国王だった。

 リンツ国王は事態を沈静化させるため、努めて落ち着いた低い声で、堂内の隅々まで聞こえるようにゆっくりと、近くにいる衛兵に命じる。


「国家たるもの、その在り方を王杖や妖精に強制されてはならない。まずは数々の疑念点を解消する捜査のため、シェリィ=キャドベリーとその叔父キャドベリー公爵は、王宮にて身柄を保護する」


 命を受けて衛兵達がすぐさま、二手に分かれてシェリィと公爵の元に向かう。

 シェリィは衛兵に挟まれるようにして、彼らに両腕を取られて身動きができなくされた。

 保護とは表現がぬるいが、要するに国王は二人の身柄を確保するということだ。

 意図を問うように見上げるシェリィを真っ直ぐに見つめ返し、国王が続ける。


「かくなる上は私が直接調査の指揮をとる。まずは第一皇子とキャドベリー公爵の関係を調べる。証拠隠滅を図らせぬよう、今夜は王宮の一角に滞在してもらおう」


 国王はそこまで言うと、強張る顔でブルーノを振り返った。彼は既に王杖を持つための手袋を両手から外し、片手で纏めて持っていた。

 壇上に片足をかけたまま腕組みをし、やや不敬な態度で悠然とリンツ王室を観察している。

 壇上に掛けられたブルーノの靴を見つめながら、国王が丁重に尋ねる。


「大晩餐会は予定を変更し、マティアスではなく弟の第二王子を王太子代理として出席させますので、どうか引き続きご参加頂けますか?」


 堂内の人々は息を呑んだ。

 第二王子が王太子代理を務めるということは、王統を継げる王子はマティアス以外にもいることを、この場で示そうとしているからに他ならない。

 マティアスは自分の王太子たる地位が揺らぎそうになっている事態に、顔を真っ赤にして目を剥いた。父である国王を睨みながら、近くに立つ王妃に小声ですがる。


「母上、黙っていないでどうにかしてください! この私がおりますのに、代理だなどと。父上がご乱心です」


 ブルーノはこの期に及んで母に甘え、彼女が自分の味方をしてくれると考えているマティアスがおかしかったのか、微かに喉を鳴らして笑ってから、国王に答えた。


「それならば私の参加も、何ら問題なさそうですね」


 国王は帝国の使者から見放されずいくらか安堵した様子で、マティアスを振り返った。


「王太子よ、お前は今夜大晩餐会に参加することはできない。調査の邪魔をせぬよう、部屋で蟄居(ちっきょ)しなさい」

「そんな! あの妖精はシェリィの使い魔だった者ですよ? 妖精王の使いだなど、あり得ません。騙されないでください!」

「妖精は自らの方法で、その意思を我らに伝えた。私は王としての方法で、リンツにとっての最良の道を選ぶつもりだ。調査が終わるまで大人しくなさい」


 抵抗もせず衛兵達に大聖堂の外へと引かれていくシェリィとは対照的に、キャドベリー公爵は衛兵の手を振り解こうと、大聖堂の出口に辿り着く瞬間まで暴れていた。

 彼らと入れ替わるように入ったきた女官達が、マティアスに近づき、彼の退堂を促す。


「くそっ。あのガリ勉女め! あいつのせいで!」


 歯軋りをしながらマティアスが悪態をつく。彼は怒りと困惑で震えながらも、女官に誘導されて目立たぬよう、大聖堂の壁際を歩いて出て行った。

 彼の背後では、式典参加者達に今起こった騒動を詫び、晩餐会は予定通り執り行うと宣言する国王の力強い声が響いた。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 昨日から続きを読むのを楽しみしていました。 朝目が覚めると更新されているかワクワク してしまいます。 バード、信じてたよー(ホントに?)
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