寝返った貴方に、尋ねる①
公爵邸の庭師小屋での生活は、退屈と屈辱を交互に感じさせられる日々だった。
叔父やアンジーが着飾ってパーティーに出かける姿を、シェリィは庭師小屋の中を掃除しながら見つめた。
別に彼らが妬ましかったわけではない。ただ、自分がいた場所を追われた事実を突きつけられる気がして、胸が苦しくなりはした。
日々勉学に追われていた学院生活が終わると、一日がいかに長いかを思い知らされる。
王立グランデ学院を卒業した女生徒の半数は、結婚をする。残りは王宮への就職が多い。
そのどちらも選びようのないシェリィは、母の遺した小さな領地で生きていくべく、ガレル州の管理人と頻繁に連絡をとっていたし、すでに叔父の了解も得ていた。彼は初め、年老いた金持ち伯爵との結婚を提案してきたのだが、かえって外聞が悪いとアンジーの反対にあい、頓挫していた。
(こんなにも居心地の悪い公爵邸の庭師小屋なんて、すぐにでも出ていきたい)
シェリィの気持ちは決まっていた。
だがシェリィはガレル州に旅立つ日を、先伸ばしにしていた。
建国記念パーティーには絶対に出なければならないからだ。皇太子の代理に会って、何か企んでいるらしきステン皇子のことを話す必要がある。
そして、その前にやらねばならないことがあった。
バードに二人きりで会うのだ。彼が八ヶ月前に、北部山脈に行ったかどうかを確かめたい。
シェリィは毎月、月初めにアンジーが王都の目抜き通りにある人気店に、ドレスを注文しにいくのを知っていた。
馬車で出かける時までは、守護妖精であるバードも同行しているようだった。だが店内は試着をしたり、計測をしたりする女性客が多い。
(多分バードは、店内まではアンジーと一緒に入らないわ。彼の作法を考えれば、きっと店の外で待っているんじゃないかしら)
バードは少なくとも普段は、行儀の良い守護妖精だった。
シェリィは厩舎から馬を一頭連れ出して引きながら、公爵邸の陰に隠れてアンジーが出かけるのを待った。もちろん、準備よく乗馬服を着込んでいる。鐙から靴が滑らないよう、履いているブーツも乗馬用のものだ。
アンジーとバードに気づかれないよう、彼らを尾行するのだ。
よく晴れた日だった。
白亜の公爵邸は美しく、キャドベリー家の栄光と名声をその大きさと絢爛さで誇示している。
青空と白い建物のコントラストを見るため、空から照りつける陽射しを、右手を額の前に掲げて避ける。
ここで生まれて毎日を過ごした自分が、屋敷の中の者達に見つかることを躊躇する日が来ようとは、予想もしなかった。
やがてアンジーが正面玄関から出てきた。
紫色の艶のあるシルクのドレスを纏い、金色の髪をまとめ上げ、煌めく大粒のエメラルドのネックレスをしている。
アンジーは屋敷で一番立派な馬車に乗って、バードと出かけていった。
シェリィはアンジーの乗る馬車とは距離を取り、馬で後を追った。
馬に乗って街中を走るのは、爽快感と共に恐怖感も覚える。父が生きていた時は、シェリィの移動手段は馬車だったし、乗馬を楽しむ時は必ず父か護衛と一緒だった。
だが今、シェリィは一人で馬を操っている。
周りを走る他の馬車や、物盗りの連中といった安全面には自分だけで注意を払わねばならない。
(大丈夫よ。何かあったら、全速力で逃げればいいわ。乗馬は貴族の嗜みの一つだと言われて、お父様から厳しく教え込まれたもの)
手綱をしっかりと握り、自分ならできるはずだと言い聞かせる。
シェリィは緊張しつつも、前をいくアンジーに気づかれないように王都の中心部まで駆けた。
案の定、公爵邸の馬車は流行の服飾店の前で停車した。
貴族の女性達が好むドレスには流行があり、少しでも時代遅れだと社交の場で冷笑されてしまう。そのため、人気のデザイナーや針子のいる店は、ひっきりなしに貴婦人達が訪れ、繁盛していた。
アンジーは未来の王太子妃たる者は最先端に立っていなければない、と思っているのだろう。
シェリィの予想通り、アンジーは店内に一人で入っていった。
バードはアンジーを店の扉口まで送ったが、彼女が店に入っていくと、すぐに馬車に戻ろうと引き返し始める。
シェリィはてっきりバードが店の前で待つと踏んでいたため、馬をどこかに繋ぐ間も無く、慌てて馬を引いたままバードの元に向かった。馬から降りる時に鞍にブーツを引っかけ、靴紐が解けてしまったが、結び直す暇もない。アンジーの注文がすむ時間まで、馬車に乗ってその場を離れられては困る。
シェリィは公爵家の馬車とバードの間に割り込むようにして、バードの正面に立った。
バードはシェリィを見とめるなり、かすかに眉根を顰めて足を止めた。
「久しぶりね、バード」
馬を引くシェリィの格好を見たバードが、挨拶も抜きに即座に疑問を口にする。
「シェリィ様、まさか馬車をつけてきたのですか?」
「そうよ。私、あなたに聞きたいことがあるの」
バードは物言いたげな目つきでシェリィとその後ろの馬車を交互に見たが、彼女を非難するようなことは言わなかった。
「……なんでございましょうか。馬車を待たせていますので、手短かに願います。この辺りは長く駐車できませんので」
「あなたはもしかして、私のお父様が行方不明になられた夜に、北部山脈に行っていた?」
「突拍子もないことを仰いますね。なぜ私が?」
シェリィはバードの反応を注意深く見守ったが、彼は特段動じた様子はなかった。そもそも妖精は感情が分かりにくいのだ。
シェリィはより思い切った質問を投げることにした。
「貴方はクレバスにお父様を、突き落としたの?」
バードの顔色が、はっきりと変わった。
一瞬目を見開き視線が泳ぐ中、薄い唇が微かに震える。
「何のことでしょうか」
「お父様は、生きているの? お前は私に何か隠しているんじゃない? 私は本当のことが知りたいの」
バードの表情がついに動いた。苦痛に耐えるように眉根を寄せ、唇を噛みながら口を閉じる。俯き加減になった彼のまつ毛が目を隠し、表情が窺えなくなる。
だが大きな手は長いローブを強く掴んでいて、明らかにバードは珍しく動揺していた。
答えを引き出そうと、シェリィは再度尋ねる。
「私のお父様は、もう死んでしまったのね。そうなんでしょう? お前は希望を捨てない私を見て……心の中で笑っていたの?」
「違います!」
突然バードが大きな声を出し、自分でも声の大きさに驚いたのか、彼はハッと口を閉じた。
シェリィが一歩前に踏み出す。
それは今の彼女にとって、とてつもなく勇気がいる一歩だったが、彼女は臆することなく自分の失われた守護妖精を見上げた。
バードは後ずさらなかったため、二人は至近距離で互いを見つめ合った。
クレバスに落ちてから見つかっていないのであれば、普通なら生存は厳しい。
シェリィはベネスティでカイルから聞いた話を思い出していた。
今まで見聞きした情報や、集めた知識が彼女の中で、みるみる一本の線となってつながり、最も可能性の高い答えを導き出す。
(魔獣は、北部山脈のどこかにある扉を通じて、人間界と妖精界を行き来するのよ。であれば、きっと)
「お父様は今、妖精界にいるのね? 多分、魔獣は元々妖精界の生き物なのよ。魔獣が人間界にやってくる時に使う扉が、クレバスの中にあった。お前はお父様をそこに落としたんだわ」
「なぜ、それを?」
思わず問い返したバードの質問は、シェリィの予想を肯定したに等しい。




