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暖炉に隠されていた指輪

本日2話投稿しています。

こちらは2話目ですので、ご注意ください。

 外はどうやら、大雨になっていた。

 時折凄まじい雷の音が聞こえ、キャドベリー公爵邸の窓をビリビリと揺らしている。

 バードはシェリィを引きずるようにして、懺悔の間に向かっていた。北の棟は日当たりが悪く、倉庫代わりにしているため、使用人もあまり来ることがない。

 屋敷の主要なエリアとは違い、壁を飾る絵画がなければ装飾の多い調度品も置かれていないし、床は冷たい灰色の石畳だ。

 シェリィはバードに最後の抵抗を試みた。


「お願いだから、私をここで逃して! 私が誰か分かってるんでしょう?」


 だがバードはシェリィの腕を掴む手の力を一切緩めることなく、感情のこもらない声で言う。


「私の主人はアンジー様ですから」


 懺悔の間は一階にあるが、北の棟の一番奥にあり、全体の窓が小さいため、息苦しい。

 格子付きの鉄のドアの施錠が外されると、シェリィは懺悔の間の中に押し込められた。


「夜会の間は誰も見にこれませんから、おとなしくしていてくださいね」


 バードが言い放ち、中へと押されたシェリィが振り返る前に、バタンと扉が閉められた。間髪を容れず、格子の隙間から彼は何かを中に投げ入れる。


「靴を片方、落としましたよ」


 それはいつの間にバードが拾ったのか、シェリィが廊下で脱ぎ落とした片方の靴だった。


「ありがとう」と反射的にシェリィが礼を言う。

 状況を考えれば礼など無用に思えるが、王太子妃となるべく教養豊かに育てられたシェリィの矜持がそれを許さなかった。

 バードは何か思うことがあるのか、靴を履くシェリィを少しの間ジッと見つめていた。だが何も言うつもりはないのか、黙ったままその場を離れた。


 シェリィが閉じ込められた懺悔の間は、貴族の屋敷なら必ず一室はある、悪さをした家の者や、捕らえた外部の侵入者を一時的に閉じ込めておくための部屋だ。

 半地下にあり、扉は鉄製で外から鍵がかけられており、窓は高い位置にある上にはめ殺しで、魔術が使えない空間となっている。


「もしかして、変身術も強制解除になったかしら?」


 慌てて両手で自分の顔を確かめる。

 魔術によって高くなっていた頬骨や鼻梁の位置は、指を滑らせると明らかに馴染みのあるものへと戻ってしまっていた。

 危惧した通り、元の顔に戻ってしまっている。

 これは非常にまずい状況だ。

 なんとしても叔父に見つかる前に、脱走しなければ。

 シェリィは歯痒い思いで部屋の天井近くの四隅を見上げた。四隅には、ガラス製のランプの中で白い光があふれている。中で光っているのは、火ではない。魔力を封じる術がかけられた、魔石である。


「懺悔の間は魔法が使えないと聞いていたけれど、本当なのね。これじゃ、逃げ出しようがないわ!」


 ためしに火を灯すような簡単な魔術を唱えてみるものの、唱える先から術式が四隅のランプに吸い込まれて相殺される感覚があり、術が成立しない。

 懺悔の間の一面には、大きく優しげな女神の絵が飾られていた。その前に膝をつくための木の台があり、悪事を告白するものは、女神の前で懺悔できるようになっている。


 シェリィは子どもの頃、一度だけここに閉じ込められたことがあった。

 父が遠征中、庭で木登りをしていたシェリィは誤って木から落ち、突き指をしてしまったのだ。

 日頃から木登りを禁じられていたことと、指の形が悪くなる可能性を考え、シェリィの教育係は彼女を罰として懺悔の間に閉じ込めた。


「よろしいですか? シェリィお嬢様は、王太子妃にふさわしい振る舞いをしなければなりません」


 シェリィは度々周囲の者達から言われたものだった。

 幼いシェリィは当時、暗い部屋で一人にされるのが怖く、泣き叫んだ。


(暗さだけじゃなく、あの頃はこの女神像が動き出すんじゃないかと、怖くてたまらなかったのよね……)


 今も変わらず佇む女神像をシェリィが見上げる。

 女神像が視界に入らないよう、幼いシェリィは床を必死に見て、石畳の数を数えて気を紛らわせていたのだった。

 石畳は縦横ちょうど十三枚ずつ敷き詰められていて、その数すら不吉に思えて足元から寒くなったものだ。

 あの後、シェリィは二日ほど閉じ込められたが、遠征から帰った父は教育係に激怒した。我が家の教育方針にそのような罰は不要だ、と教育係を解雇した。

 今はシェリィをここから出してくれる者はいない。

 幼いシェリィが罰を受けている間、昼も夜も扉の向こうにずっと控えて、シェリィに付き添ってくれたあの日のバードも、いない。

 シェリィは今、自力で脱出しなくてはならない。

 泥棒として扱われようが、バードに築いた絆などなかったような振る舞いをされようが、自分を憐れんだり悲観する暇はない。


「ここを出て、ティアラを取り返さなくちゃ。私は強くなってもう一度、カイルに会うのよ」


 強く生きるとカイルと約束したのだから。

 冷静になろうと深呼吸をして、シェリィは辺りを見回す。

 懺悔の間は狭く、家具は飾り気のない椅子が一脚あるのみ。

 だがここで違和感を覚えたシェリィは、石畳の数を数えて頭を抱えた。


(おかしいわ。確かに前は十三枚ずつ敷き詰められていたのに、今は十五枚になっている!)


 覚えている限り、懺悔の間の石畳が敷かれ直した記憶はない。

 それに最近の叔父の屋敷の改装計画に、北の棟は含まれていなかったはずだ。彼は主に自分が使うエリアを華美にすることしか、考えていなかった。

 膝をついてよくよく目を近づけてみれば、石畳は傷もなく表面が非常に綺麗な状態ではないか。

 どうやらシェリィが気づかないうちに、ごく最近床を誰かが張り替えたらしい。


「なぜ? 何のために……?」


 とはいえ、今は床の張り替えなど気にしている場合ではない。

 なんとかここから脱出する方法はないのか。

 小さな暖炉に一縷の望みをかけ、床に両膝をついて暖炉の中に首を突っ込み、上を覗く。だが長年使われていないために木の板で穴は塞がれてしまっている。

 落胆して大きなため息をついたシェリィの呼気が、暖炉の底に溜まっていた細かな灰と埃を巻き上げた。

 暖炉から頭を抜こうと思っていたシェリィは、ぴたりと体の動きを止めた。暖炉の隅に、微かに輝く金色の小さなものが落ちている。

 右手でつまみ上げて、まだまとわりついている灰をフッと吹き払う。


「指輪だわ。こんなところに、一体誰が?」


 落ちていたのは重みからして、黄金製らしき指輪だった。さらにその指輪には、短い紐が巻き付けられている。

 指輪の角度を変えて、目を凝らして観察する。

 石の類は載っておらず、まるで印章のように金色の上部が平らに加工され、大きな鳥の絵が刻まれている。頭に王冠を載せた、不思議な鳥だ。

 シェリィの眉間に深い影ができる。

 どこかでこの模様を見たことがある気がする。だが思い出そうと記憶を辿るも、微かな記憶すぎて思い出せない。

 もしかしたら、何世代も前の公爵の時代に、ここに落ちたものかもしれない。

 だが妙なことに、巻きつく紐にも、どうしてか見覚えがある。

 灰を落としてよく見ようと、シェリィは指で紐を摘んで何度も擦り、紐を剥き出しにしてハッと息を呑んだ。


「嘘、この組紐って……! 私が作ったやつだわ」


 途中で花の形状に組んであり、さらに糸が三色の組み合わせになっている。これは、シェリィが公爵の魔獣討伐隊に参加する隊員騎士達に作って渡したものだ。

 あの時、皆嬉しそうに身につけて北部山脈へ出発した。そのほぼ全員が、生きて王都には帰れなかった。だからここにあるはずがないものだ。違和感しかない。

 ――いや、考えてみれば全てがおかしかった。

 魔獣討伐にある程度慣れたシェリィの父が率いる部隊が、全滅したことも。

 父だけが帰らないことも、唯一生き残った従者のユトレヒトが正気を保っておらず、その後蒸発してしまったことも。

 シェリィは何度も調査を頼んだが、王宮は魔獣討伐に失敗したことを国の恥だとして、臭いものに蓋をするように早々と公爵の死を宣告した。

 公爵の部隊は、本当に未熟だったせいで全滅したのだろうか?

 シェリィは父に何が起きたのかを、知りたいのだ。


(この指輪と組紐は、誰かに何かを伝えるために隠されたんじゃないかしら?)


 組紐がここにあるということは、指輪が置かれてから一年は経っていないはずだった。

 シェリィは自分が、何かとても大事な鍵を拾った予感がした。

 落としておくのもどうかと思われ、シェリィはポケットの中に指輪を突っ込む。

 今は指輪の由来を探求するより、自分がここから脱出する方法を考えねばならない。

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