少女の消失と修行の予感
「……ん」
湿り気を伴った冷たさを後頭部に感じ、疾斗が目を覚ますと、目の前には鱗に覆われた顔が。
「うわぁッ!」
慌てて起き上がり、辺りをキョロキョロ。どうやらここは宿屋の一室のようで、ずっと半魚人の女性に膝枕されていたらしい。
彼の一連の動きに、「ちょっと、顔を見るなり叫ぶのは失礼なんじゃないの?」と、半魚人の中ではポッチャリした体型のその女性が憤慨した。
「ごめんなさい。まだ見慣れないみたいで…」
疾斗が弁明をしていると、後ろから彼の肩を叩く手が。
振り向くと、そこにはガンゾーがいた。
「やっと目を覚ましたか。丸一日寝ていたぞ」
「丸一日!?」と驚く疾斗だったがそれよりも気になることが。
「ヨンメルは?」
するとガンゾーはこの問いには答えず、部屋から出て行ってしまう。疾斗が戸惑っていると、丸めた紙を携えてガンゾーが戻ってきた。
そして床にそれを広げて見せて、ひと言。
「大変なことになっているぞ、ハヤト」
その紙の見出しにはこうあった。
『贄ノ少女 行方不明』
その文の下にはでかでかとヨンメルそっくりの人相書き、それと詳しい内容が書かれている。
しかしそんなものを見なくとも、当事者である疾斗には見出しと絵だけで十分事の重大さが理解できた。
「ヨンメルが…いなくなった」
こう呟いた彼は、やっとこの場にヤルバーのいないことに気付く。
「あれ、ヤルバーは?」
「あぁ、ヤツなら『かわいい花を摘みに行かなきゃならない』と言ってどこかへ行ってしまったぞ」
かわいい花。疾斗は即座に、この言葉の指すところがヨンメルだということに気付いた。
「アイツがひとりで助けに行ったのか。でも、なんか違和感が…?」
はっきりとは言い表せない不安のようなものが疾斗の胸の内に巣くおうとしていた。それを察してガンゾーも黙る。
そんな微妙な空気の中へあの人物が。
「あ、ハヤトさん。良かった。気がつかれたのですね」
それは沼地の姫であり、ガンゾーが人間の貴族だった時の召使い、ドゥーナだった。
いつもは煌びやかな服装だった彼女だが、目立たないようにするためか、深緑のマントを羽織っている。
「ドゥーナ…。ん、そういえばお前たちはどうやって生き延びたんだ?」
疾斗が尋ねているのは狛犬使いに襲われた時の話だ。
あの時はもの凄い数の狛犬に囲まれ絶体絶命のピンチに陥り、半魚人たちが疾斗、ヤルバー、アズーを逃してくれたのだが、その後の彼らの消息について疾斗は何一つ知らなかった。
「しょんなのは簡単な話だ」とガンゾーが答える。
「俺しゃまが鍛えた『沼の牙』があんな玩具にまけるはずがないだろう」
たしかに『沼の牙』はよく統率された軍隊だった。
しかしここでドゥーナが口を挟む。
「なに言ってるんですか。“あの方”に助けられたでしょう?」
これを聞いて疾斗は谷族と出会った頃、狛犬使いからそんな内容を聞き出したことを思い出す。
「アイツもたしか『“変なヤツ”が入ってきた』って言ってたな」
そして疾斗は、「で、ソイツの特徴はどんなだったんだ?」と尋ねた。
「そうですね…。銀髪が美しい少年でした。彼は突然現れたかと思うと、私たちを指輪で移動させたんです。瞬間的に」
疾斗はこの特徴を自分の記憶と照合してみたが、そんな人物は知らなかった。ただ、覚えておこうとは思った。
「それで、」と今度はガンゾーが話に交わる。
「これからどうしゅるんだ?」
「そうだな。教皇騎士団がヨンメルを探してるってことは、とりあえずはヨンメルと教皇は別の場所にいるってことだから……………………うん、どうしよう?」
これには一同深いため息。
そんな時、一羽の鳥が手紙のようなものを咥えて窓から入ってきた。
ガンゾーが中身を確認すると、「ハヤト、良かったな」と笑ってそれを手渡した。
手紙にはこうあった。
『ヨンメルちゃんは一緒だ。
ヤルバーより』
短いが故か、妙にストンと落ちる文章に、疾斗は思わず安堵のため息を漏らす。
「そこで、」とガンゾー。
「実は俺しゃまにこれからの行動についてひとつ考えがある」
「どんな?」
「お前の特訓だ!」




