苦戦
ギアンの分身7人を倒し、にわかに調子づいた疾斗は絶えず眼光を飛ばしている。
一方、斬られたり蹴り飛ばされたりした分身がどうなったかというと、どうやら許容範囲外のダメージを受けてはいけないらしく、例外なく攻撃を受けた途端に雲散霧消していった。
「いきなり7人を削られてしまうとは…。死にかけて強くなった、といったところですか」
この言葉で相手が取り乱すことを期待したギアンであったが、疾斗には、いや“闇ハヤト”には響かなかったようだ。
「テメェは分身をつくるしか能が無ぇくせに、それを棚に上げんのかよ?」と笑う闇ハヤト。
あまり触れられたくなかったところをピンポイントで触れられた様子のギアンは、「ぐぬ…。ま、まだ60人弱もいるんですよ。余裕をかますべきではないと思いますがね」と苦し紛れのセリフを吐いた。
これに対して闇ハヤトは余裕そうに、「安心しな。今から半分以下にしてやっからよォ」と言って、なんと風斬を札の状態に戻して真上へ放ってしまう。
そうして、こう叫んだ。
「風斬・増ッ!」
するとそれに呼応して札がまばゆい光を放ち、次の瞬間には幾千もの剣と化していた。
目をつぶった闇ハヤトが掲げた右手を振り下ろす。
途端に流星の如き剣群が降り注いだ。
ズダダダッズダッズダダァァァァアン
次々にギアンの分身が消し飛んでゆく。さっきまで沢山いたのが嘘のように数が減ってしまった。
ひぃ、ふぅ、みぃ…。なんとたったの8人しか残っていない。
「半分以下に減らす」という闇ハヤトの宣言は有言実行という形に終わった。
「ぐぬぬぬ…!」
ギアンはあまりの悔しさにただただ歯軋りと地団駄を交互に繰り返している。
そんな時だった。
「ぐわぁぁぁぁッ!!」
闇ハヤトが急に絶叫を上げたかと思うと、バッタリとその場に倒れてしまったのだ。
これを見たギアンは、「しめた」と言わんばかりに手を搏ち、うつ伏せになった疾斗の背を目掛けて砂刃を振り下ろす。
ドスッ
確かに何かを突いた手応え。しかしここで嘲笑せずにいられないのは、ギアンが1等星への昇進を確信して喜びのあまり天を仰いだことだ。
そこで疾斗から目を離しさえしなければ、彼の昇進は絶対に揺るがないものとなっていたものを。
二等星と名乗るにはあまりにお粗末、あまりに軽率な行動であった。
結局のところ、彼が突いた物とは日陰のせいで少し湿り気を含んだ土だったのだ。
では我らが疾斗は、というと、意識が戻った直後に状況を把握して横へと転がり、難を逃れたというわけだ。
だがそれでおしまいになるかと問われれば、「否」と答えることになる。
疾斗が転がった先にはギアンの分身2体が待ち構えていて、この機を逃しはしまいと、すかさずそれぞれの砂刃を振り下ろした。
大慌てで、札に戻った風斬をもう一度剣に変え、計4本の刃を受け止める疾斗。しかし2人がかりの押し込みに勝てず、ギシギシと刃が胸に食い込んでいく。
「ぐッ、おらァァァァッ!」
言葉にならない声を漏らしながらも必死に絶え続ける。そんな疾斗の姿を、ヤルバーは冷静に見ていた。
「意外と冷たいんでございますな、恋笛のヤルバー殿?」
隣に腰を下ろしているデシャオにそう尋ねられたヤルバーは至って真面目に答える。
「そりゃあオレが出ていっちまったら一瞬で片付くし、ハヤトも傷つかない。でもな、それじゃ意味がないのさ」
これから疾斗がしようとしていることには“今の苦難”が必要だと彼は付け足した。
「贄の運び屋が、これからしようとしていること…?」
デシャオは教皇騎士団の一員としてその先が気になったが、少しヤルバーと話してみて、彼はそう易々(やすやす)と口を割ってくれる相手でないことを悟り、早々に諦めた。
そして今度はヤルバーの方から質問が。
「アンタのその4本の腕はなんなんだい。2本は義手なんだろうけど、義肢ってのは無いところに付けるモンなんじゃ…?」
「ヌヒッ。これでございますか。これは全て本物の腕でございますよ」
予想していなかった返答に、ヤルバーは言葉を失ってしまった。




