見え隠れする闇
木立の間を抜けていく涼しい風を感じながら疾斗が札を掲げた。
「風斬ッ!」
「へえ、そんなものも持っていたのですか」と疾斗の風斬を見て感心するギアンが、うなずきながら自分の二本組の刀型の呪具、『砂刃』を抜く。
「私の『砂刃』はご承知のとおり、擦り合わせた回数を5で割った数だけ、分身を作れる能力です」
そう言ったギアンは疾斗を中心に、正円を描くように歩き始めた。
「そして事前に300回ほど擦り合わせておきました。どうなるかは、分かりますね?」という彼のセリフと共に、辺りに白煙が拡散する。
しばらくして視界が晴れた疾斗とヤルバーは結果が分かっていても驚かざるを得なかった。言うまでもないことだが、目の前に視界一杯の敵がいれば誰しも言葉を失うだろう。
「教皇様にも私の活躍をご覧にいれたいのですがね…」
ただでさえかなり大きめな独り言を、その場にいる60人のギアンが口を揃えて言ったために、もはやそれは独り言の域を超えてしまう。
そして思惑どおり、彼の声は車の中で待つ教皇の耳まで届いたのだった。
「言っておくが、我が直接騎士たちの戦いを見るのは珍しいのだぞ」と濃紺のローブを羽織った老人が顔を出す。
これを見た疾斗は、「おや」と思った。左目の下に目立つ古傷、歳の割にハリのある声、そして何より顔そのものに思い当たる節があった。
しかし、異世界に“あの人物”がいるわけがない、と考え直してこの場では何も言わないことに。とんだ急場を前にして不確かな問題を取り上げることは得策ではないと考えたのだろう。
「観客もそろったことだし、早く終わらせるか」
パキパキと指を鳴らして、疾斗は剣を構えた。その目には、現世にいた時では考えられないような闘志が宿っている。
一方ギアンたちの目はというと、立身出世のことしか頭にないような冷めた表情を湛えていて、どのような人生を経たらこうなるのか気になるところだ。
そんな彼らが、「めんどくさいですが、これも昇進のため…」と呟いた直後、ドッと地面が揺れた。
60人全員が同時に飛び上がったのである。
疾斗は思わず、「うおっ!」と一歩下がった。いくら主人公といえども60人がいきなり飛びかかってくれば後退りせずにはいられない。人間に恐怖心は付き物だ。
しかしそんな情けない姿を見せたのも束の間、分身したギアンたちが着地しきらないうちに走り出す疾斗。
そして走り幅跳びの要領で眼前の敵に向かって突っ込み、横様に剣を振るった。
ザザザンッ
剣を握る手に5人分の手応えを感じ、フッと微笑を湛えた疾斗は着地するや否や、左右にいた2人を交互に蹴り飛ばす。
この尋常でない様子を遠巻きに見ていたヤルバーは、「おいおい、また闇ハヤトが出てきたんじゃないだろうな…」と心配そうに見つめるばかり。
ところで、ヤルバーの方は4本腕の不気味な教皇騎士団1等星、デシャオと戦うような雰囲気であったはずなのだが。
問題のデシャオはヤルバーのすぐ隣に腰を下ろし、疾斗の戦いっぷりに感心しているではないか。
実はこの男、見た目と言動の不気味さがゆえに勘違いをされがちなのだが根は部下想いのいい奴で、今回もギアンに手柄を譲るべく自分は何もしないことにしたらしいのだ。
「ヌヒヒッ、アレが噂に名高い贄の運び屋様でございますか。随分と荒々しいお方とお見受け致しましたが?」とヤルバーに問いかけるデシャオ。
これにヤルバーは首を横に振った。
「アレはハヤトじゃない。闇ハヤト、さ」
まあ黙って見てな、とアゴで今まさに戦っているハヤトの方を指す。
言われたデシャオは大人しくそれに従うのだった。




