犠牲の価値
「急げ、ヤルバー!」
螺旋階段を駆け登りながら疾斗が叫ぶ。
「本気でアイツの言うこと信じてんのかい?」と疾斗の後ろを走るヤルバーが訝しげな顔をした。
「なぜか知らないが、アイツは嘘を吐いてないって分かるんだ」
自分で言っても不思議なことだと思う疾斗。それでも今の彼に疑う余地はなかった。
ガコッ
天井の隠し扉を開けて第一階層に出た2人はそのままの勢いで大聖堂を出ようとするが、入り口付近に1人の騎士がいることに気付き、慌てて立ち止まった。
「…誰がこんなことを!」
幸いにも彼はまだ疾斗たちに気付いていないらしく、床に転がった仲間たちを必死に揺すり起こそうとしている。
「あ、あれは…」
疾斗は見覚えのあるその顔を見つめた。記憶によれば、疾斗が手配書の人物だとバレそうになったときに助けてくれた星無しの青年だ。
そして青年は自分に向けられた視線に気付くと、顔を上げた。
「あ、あなたはあの時の…。どうしてこんなところに?」
状況からして犯人は疾斗たちしか考えられないにも関わらず彼がこんな質問をするのは、疾斗と初めて話した時の印象があまりにも良かったからだろう。
いずれはバレることだと割り切り、打ち明ける疾斗。
「コレをやったのは俺たちだ。俺は、贄の運び屋だ」
「何、言ってるんですか…?」
信じられない、いや、信じたくないといったところか。
「なぜかお前には誠意をもって向き合わなきゃいけない気がする」
そう言った疾斗は風斬の札を剣に変えた。
「本当なんですね。あなたには、良い人でいて欲しかったのに…!」
青年が細身の長剣を抜いたのを合図に2人は駆け出した。
これは手を出していい戦いではないことを分かっていたヤルバーは哀しげに戦う2人のために笛を奏で始めた。慰めるような優しい音色が疾斗と青年を包み込んでいく。
そんな響きに曝されてか、それまで無言で戦っていた2人は次第に話し始めた。
「どうして…。どうしてこんなことをしたんですか?!」
「運供の儀なんていう馬鹿ばかしいことを止めるためだ」
話しながらも2人は剣を振るう手を止めない。
「馬鹿ばかしいって、それによってレヌァスンの人々が救われるんですよ。尊いことじゃないですか!」
「…それ、本気で言ってんのかよ」と疾斗が青年をもの凄い形相で睨みつけた。
「生け贄として子どもが犠牲になってんだぞ。何も思わないのかよ!」
「それは辛いに決まってます。でも教皇騎士団は国を守らなければいけない…。選ばれた子たちは贄になることでデュリオスから人々を救える。とても名誉なことなんですよ!」と涙ながらに青年は言った。
これに対し疾斗は思い当たる節が。
「死を名誉だと思った瞬間、人は終わりだ」
話でしか知らない戦争のことを思い浮かべていた。その昔、特攻というものがあったらしい。
「御国のため」という言葉のもとに命を擲った戦士たち。思えば彼らのどこが生け贄と違うのか。
ある一人の犠牲で解決するわけもなく、その行為はただの時間稼ぎにしかなっていない。根本的な部分では何一つ変わっていない。
もちろん兵士たちや指揮を執った者たちを責めているわけではない。戦争という状況下で自分がどんな考えに至るかなど誰が想像できるものか。
けれども今の疾斗から見れば、それは異常なことなのだった。
「さっきお前は“レヌァスンの人々”と言ったが、その中にヨンメルや他の生け贄は入ってないのか?」
この言葉に思わず手を止める青年。
「そ、それは…」
「お前自身分かってるんだろ。運供の儀は間違ってるって」
ドサッ
核心を突かれ、膝を折った青年は溢れる涙を堪えようともせず、あるがままに泣いた。
しばらくして、「あの、運び屋さん。あなたの名前を教えてください…」と顔を伏せながら青年が言った。
「ハヤトだ」
「…ハヤトさん。あの子を、ヨンメルちゃんを助けてあげてください!」
本当は毎晩寝ようとする度に、ある日ふと見かけた、他人のために死を覚悟した彼女の表情が思い浮かんで眠れなかったと打ち明ける青年。
そんな彼に疾斗は尋ねた。
「お前の名前は?」
「ユラムです」
これを聞くと、彼に笑いかけ、「やっぱりお前はいいヤツだな、ユラム!」という言葉を残してヤルバーと共に走り去る疾斗。
その背中を見つめながらユラムが呟く。
「あんな人になりたい…」




