宙引網(そらびきあみ)
決闘を待ちきれず、ヤルバーが戦っている間中ずっと体を動かしていた疾斗。そして第一戦が終わったことを知るなり前へと出て行き、「次は俺だな」と肩を回してみせた。
「私がお相手致しますわ」
そう言って出てきたのは中世ヨーロッパの貴族のような見た目をした女騎士、リピネッタだ。
「なあ、教皇騎士団は制服っていう概念がないのか?」
これまでに色々な騎士たちの服装を見てきた疾斗だからこそ言える、心からの疑問だった。彼があった中で1番彼の中にある騎士像に近かった騎士といえば、もしかしたら星無し騎士たちだったかもしれない。
「制服、ですの。そんなもの……ですわ」
「お、おい。また言ったつもりになってるぞ?」
リピネッタの悪い癖。頭の中で思っただけで口に出したと思ってしまうというものだったが、よくこれで3等星になれたな、と疾斗は呆れるよりも感心してしまう。
「いけない。また私としたことが…」
「結局なんて言おうとしたんだよ?」
「そんなことは……ってから考えなさい!」と言いながら高く跳び上がるリピネッタ。
「決めゼリフくらいちゃんと言えよ」とツッコミながら疾斗も疾走符を使い強化した脚力で彼女と同じ高さへ。
と、その時。疾斗はリピネッタの口角が一瞬上がるのを見た気がした。
そしてそれは勘違いではなかった。
「ひっかかりましたわね」
彼女はそう言うと、薄笑いを浮かべた女性があしらわれた指輪をつけている右手を疾斗に向け、人差し指と中指で彼を指し、その指先を左に動かした。
するとどうだろう。疾斗の身体は何かに引っ張られるように壁に向かって一直線。そして。
ドゴォォォン
地下層の岩壁に思い切り激突し、そのあと地面に叩きつけられた疾斗は朦朧とする意識の中でリピネッタの声を聞いた。
「私の呪具、『宙引網』の力は本当に素晴らしいですわ!」
指輪をひと通り褒めちぎったリピネッタは疾斗に歩み寄ると、側にしゃがんだ。
「いい気味ですわ。崇高なる教皇様の儀式を邪魔しようとしたんですもの。当然の末路ですわね」
疾斗をあざ笑い、満足げなリピネッタは立ち上がって再び指先を疾斗に向ける。
すると、彼女の足首を疾斗が掴んだ。
「無礼なッ。女性の足をなんだとお思いですの!」
「お前は…教皇が崇高だって言うのか?」
「え、ええ。もちろんですわ。この世界のために運供の儀をお続けになられているんですもの」
「じゃあお前は…これまでやこれから、世界のために犠牲になる生け贄たちのことは…どうとも思わないのか?」
これには少し言葉を詰まらせるリピネッタ。
「…それについては同情いたします。ですがそれは必要な犠牲なのですわ。彼らが命を捧げることで………ですもの」
「こんな話をしてるときでも、その癖は出るんだな…」
もうお前には何も言わないよ、と疾斗は彼女の足から手を離した。
「もうこんな会話は……ですわ!」
リピネッタはブンッと右手を振り上げた。しかし今度は先ほどのように疾斗の身体が何かに引っ張られることはなかった。
「あら、私としたことが。『宙引網』は相手が空中にいないといけないんでしたわ」
そう言った彼女は艶やかな黄色の靴で疾斗の腹を蹴り上げ、彼が浮いたところで再び右手を振り上げる。
ブォッ
疾斗がほんの一瞬で10メートルほど上昇した時、彼の身体から黄色の光が溢れ、リピネッタは咄嗟にその手を止めようとしたがもう手遅れだった。
みるみるうちに天井に近づいていく疾斗の2倍の速度で彼に近づくリピネッタ。
その光景は落ち着いて観察することができる下の者たちにも理解不能であった。ただしヤルバーを除いては。
「ハヤト、アンタってヤツは本当にすごすぎるぜ」
彼には見えていた。最初に疾斗が壁に衝突させられ落下する間。そこを利用して彼が疾走符から結束符に切り替えていたことが。
そして疾斗はリピネッタが側に来た際に“足を掴んだ”。これで結束符の力に必要な条件、「対象に触れる」をクリアしたというわけだ。
あとは彼女に呪具を使わせ、どこかしらに衝突する前に結束符を発動して彼女を引き寄せる。
「お前が呪具を使わない可能性も考えたが、しつこいほど自分の呪具を褒めてたお前がそんな判断をするわけがないと踏んだんだ」
こう言った疾斗はすでにリピネッタを完全に引き寄せ、両腕をガッチリと掴んでいた。
「くっ!」
もう少しで天井に激突、というところでリピネッタが方向を変え、今度は壁の方へ飛んでいく2人。
「離れていただけませんことッ?」
苛立ちながら疾斗に向けた右手を左右に振り回す彼女だが、自分も一緒に左右に揺られてしまうばかり。
「無駄だ。この結束は絶対だからな」
こうなったら、と自分もろとも近くの壁に衝突させることにしたリピネッタが舵を切った。
あと数メートルで疾斗が背中から壁にぶつかる。
これで終わりだと思ったリピネッタは完全に油断をしていた。
「このままだと俺の方が痛いな」
そう言った疾斗がぐるっと180度回転し、彼とリピネッタの位置がまるっきり逆に。そして。
ドッガァァン
リピネッタは衝撃のあまり気を失ってしまった。そんな彼女を掴んだまま地面へと落ちていく疾斗。
「しょうがないな。落ちる役は俺がやってやるよ」
左腕に彼女を抱え、右手では結束符を戻して再び疾走符へ。
ズダンッ
強靭な脚力で着地を決めた疾斗はリピネッタを寝かせると、「交代だ、ヤルバー」と笑ってみせるのだった。




