背中
「…俺はまた、暴れたのか?」
目が覚めると先ほどまで山ほどいたはずの騎士たちが床に倒れ、仲間たちが傷付いている。まだ意識がはっきりしない疾斗がそう思うのも当然な状況だった。
「ウロモモ、ウロモモぉ!」
横になった彼女を細い腕で抱き、名前を叫ぶタロウ。ウロモモの右肩はボロボロで今にも腕が外れそうだ。
「これも俺が?」
疾斗が尋ねると、タロウはうなづいた。
「すまなかった。お前の大事な…」
「違うよ」
謝っている最中に「違う」と言われ困惑する疾斗。
「謝る相手はボクちんじゃなくて、ウロモモだよ」
この瞬間、疾斗は自分の中に眠っていた先入観に気づく。彼女は呪具であるが、魂を持った呪具だ。
『ひとつの人格には無数の礼儀を』
幼い頃に母親からそんなことを言われたな、と思い出した疾斗は、その言葉を初めて聞いた時に感じた純粋な心でウロモモに向き直り、頭を下げた。
「本当にすまなかった」
「アナタを許シます。ですガ、あの敵意がタロウさまに向けラれればワタシは容赦しまセん」
強い口調だった。姉が弟を想って言っているようにしか聞こえなかった。
「分かった。その時は俺をぶっ飛ばしてくれ」
この言葉を聞いて安心したのか、ウロモモはカクンと気を失ってしまう。
「どうしたんだ?」
疾斗とヤルバーが駆け寄ると、「すっごく痛くて気絶しちゃったんだと思う…」と静かに呟くタロウ。
「痛覚まであるのか」と驚く2人だったが、驚くよりも他にやるべきことがあるだろうと思い直して、まだ意識のある騎士を探し始めた。
「ここに1人いたぜ」
ヤルバーの声の方へ疾斗が行ってみると、床に伸びている騎士たちに紛れてやられたフリをしていた星無し騎士がひとり。
「アンタには聞きたいことがいくつかある。素直に答えりゃアンタのお仲間のようにはならなくて済むんだぜ?」
「分かったな?」とヤルバーが相手の襟を引っ張り上げると、その騎士はものすごい勢いでうなづいてみせた。
「よし。じゃあまず他の騎士はどこだ。情報じゃ等星の称号を持った騎士たちもいるはずだぜ?」
尋ねられた騎士は汗を垂らしながら、「あ、あっち…」と広間の一角を指差す。
疾斗がその辺りの床を確認するとうっすら細い筋が入っているのが見えた。
風斬の札を剣にしてその筋に刺し、梃子の原理で持ち上げてみるとフタのようになっていた床が開き、中には下へと続く螺旋階段があった。
「この先ってわけか」
自身も階段があることを確認したヤルバーは、「じゃあ次だ」と質問を再開する。
「ヨンメルちゃんはここにいるんだろうな?」
騎士は今度は黙って首を縦に振った。汗は相変わらず額から流れ出ている。
「じゃあボクちんからも質問」と少し離れたところからタロウが話に介入してきた。
「騎士団にだって呪具の改修屋くらいいるはず。その技術者の居場所を教えて」
ウロモモの治療に必要な道具や材料を持ち合わせていないため、タロウは騎士団の技術者を利用して彼女を治すつもりらしい。
そして、この質問にも騎士は素直に答える。
「この大聖堂の裏手をまっすぐ行ったところに小さな牢獄があって、その中の奥から3番目の部屋です…」
鍵はここに、と印のついた牢獄の見取り図を、騎士はタロウに渡した。
「じゃあボクちんはそっちに」
そう言ったタロウはウロモモを担いで大聖堂を出て行く。しかしさすがは改修屋の孫。辛い顔ひとつ見せずに彼女を背負っている。
「オレたちも負けてられないぜ」
伸びをしながら一足先に螺旋階段を降りようとするヤルバーを、疾斗が呼び止める。
「なぁ、ヤルバー。俺がなんでヨンメルを逃がすんじゃなくて、生け贄を要求するデュリオスのところへ運ぶって言ったのか分かるか?」
これに対しヤルバーは黙って首を横に振って答えた。
「俺はヨンメルを伝説の怪物の元へ連れて行って、そして……」
疾斗の話をひと通り聞いたヤルバーは、「まさかそんなことを考えていたとはなぁ」と目を丸くしていた。
話し終え、決意が改めて固まったのか表情が少し頼もしくなった疾斗はヤルバーの肩をポンと叩いて階段を降りていく。
「オレがアンタみたいな男だったら、こんな気持ちにならなくて済んだんだろうな…」
憂いを帯びた背中が情熱を纏った背中を追って螺旋階段を降りていった。




