対星無し
「開けるぜ」
珍しく静かなヤルバーの声と対照的に、フォルタール大聖堂の扉は大きな音を立てて開いた。
ヤルバーと疾斗が先に入り、タロウとウロモモがその後に続く。
中はステンドグラスを通して差し込むカラフルな光によって、聖堂の名に相応しい厳かな雰囲気を醸し出している。
「この感じ、あんまり得意じゃないな」
息がつまりそうだと感じた疾斗は目一杯息を吸い込んで、次も空気を取り込めるように目一杯息を吐いた。
さてここで疾斗とヤルバーの心に違和感が宿る。
なぜかというとサッカーコート一面分もありそうなその広間には誰一人として人がいなかったのだ。
「ウロモモの話だと星無しだけで100人いるんだよな。ここに1人もいないのはおかしい…」
ウロモモは間違ったことは言わないよ、とタロウが主張すると、「それは信じてるよ」と疾斗がタロウの肩に手を添える。
「それに、騎士に会わずにヨンメルを探せるなら返って好都合だ」
こうして広い広間を調べ始めた4人。
しばらくして突然ウロモモが声を上げた。
「複数の生体反応を確認。上です」
これに反応して、男たち3人が頭上に目を向けると、それまであったはずの天井がフッと消え、100人近い星無しの騎士が一気に落下してきた。
ドドドドッ
「おいおい、二階建てだったのかよ〜」
ヤルバーの言葉に、「そこじゃないだろ…」と心でツッコミを入れつつ風斬の札を疾斗が掲げる。
雪と見紛うほど白い札が立派な両刃の短剣へと変わっていく様子は周囲の騎士たちを釘付けにした。
「待っていたぞ、贄の運び屋!」
疾斗の間近にいた騎士の1人がそう言いながら斬りかかってきた。
まっすぐ振り下ろされる剣を左にかわし、相手の後頭部に鋭い上段回し蹴りを入れつつ、背後に迫った敵に向かって風斬を振るい牽制もやってのける疾斗。
これまでの戦闘で磨かれたものか、今の今まで発掘されることなく眠っていた天賦の才か。
実際そのどちらであっても、今の疾斗を敵にしたい者はそうそういないであろう。
ところで、新たな武器を手に入れたばかりのヤルバーはというと。
「男ばっかり次から次へと…。野郎にモテても嬉しくないぜ!」
なんてボヤきながら自分に向かってくる無数の剣を刃が付いていない金喰蟲の鍔で受け止めている。
実はこの金喰蟲、一度鞘に収めてしまうと次に抜く時には刃がない状態に逆戻りしてしまうという少々厄介な武器なのだ。
しかし、絶え間なく斬撃が飛び交う中で刃のない剣を10秒間静止させておくなど到底不可能。
つまり彼はこのままの状態で何十人もの騎士を相手にしなくてはならない、という考えに普通なら至るだろう。
ここでヤルバーの元々の武器を思い出してもらいたい。
「アンタら、笛の音は好きかい?」
それまで右手に持っていた金喰蟲を左手に持ち替え、懐からご自慢の横笛を取り出すヤルバー。
彼の言葉に、周りと比べて少し体の大きな騎士が反応する。
「ハハッ、見ろよお前ら。刃のついてねぇ剣の次は笛と来たもんだ。それで子守唄でも吹いて俺らを眠らそうってか。ナメてんじゃねぇぞ、あぁ!?」
言い終えない内にその騎士はヤルバーの脳天めがけて剣を振り下ろした。
それをサッと後ろに飛び退ってかわしつつ、背後に立っていた別の騎士の下腹部に金喰蟲の柄を突き立てるという見事な連係が炸裂。
これには周囲の騎士も息を飲むのみである。
しかしこの情けない仲間たちの姿は先ほどの大柄な男を怒らせるのに十分すぎるほどの効果を持っていた。
「お前らァ、ボーッと立ってねぇでさっさと戦えやッ!!」
喝を入れられ自分たちの使命を思い出した騎士たちは正面からヤルバーに突進していく。
キィィィン キィン
まるで体で音楽を表現するかのように体を左右に揺らしながら相手の攻撃を隠し刀で受け流すヤルバー。
「10、9…」
斬撃に対応する中、独り言をボソボソと呟いている。
キンッ キンッ ガキィィン
1人の騎士が剣を弾き落とされ急いで拾おうとするも、ヤルバーがそれを蹴り飛ばしたせいで人混みをかき分けて取りに行く羽目に。
「6、5…」
なおもヤルバーの独り言は続いていた。
ここで大柄な騎士があることに気づく。
「あの紫髪のキザ野郎、さっきから左手を動かしてねぇ…」
そう、ヤルバーは隠し刀で攻撃を受けつつ、金喰蟲を持つ左手は一切動かしていなかったのだ。
それはパントマイムで出てくる、手に持っている物が動かないというあのパフォーマンスそのものであった。
「3、2…」
「オイ、そいつの左手を狙えッ!」
「…0」
もう少し早ければ。もう少し早ければこの騎士はヤルバーに2本目の剣を持たせずに済んだかもしれない。
しかし現実に選ばれるのはひと通り。数えきれないほど枝分かれした可能性の中でひと通りしかない。
“かもしれない”は通用しないのだ。
「お望みどおり子守唄を奏でようか。きっとあまりの心地よさに永遠に眠れるぜ?」
ヤルバーの強さを見た騎士たちの心の中に、勝つ意思はもはや存在していなかった。
それでも彼らが剣を置かないのは、自分たちがやっていることは正しいことであり、この国を守る唯一の方法だと信じているからであった。




