その男、無職につき
薄茶色のマントを羽織り、フードを目深に被った1人の男が商都ヴェミリの中央区にある青果店の前で立ち止まった。
「これを3つ」
カゴに入った、ピンク色で丸っこい果物を指差す男。
その体格の良さとあまりにもイメージがかけ離れたチョイスに、売り子も苦笑いといったところだ。
「シャシャリ3つね。まいどあり」
カゴから取り出して男に手渡す。
ヌッと伸びたたくましい腕からお金が売り子の手に落ち、シャシャリという果物は男の手に渡った。
そこから彼はシャシャリをかじりながら、中央区を人混みをかき分け歩く。
ある店を目指して。
その店は中央区から外れたサントナ地区にある『思い出亭』という宿屋。ヴェミリの中でもなかなかに有名で、なんでもその宿の女将が魅力ある人柄の持ち主らしい。
だが彼の目的は、その名物女将に癒されるためではない。ましてやその宿に泊まるためでも。
さて、そうこうしているうちに彼は思い出亭に着いていた。
「やはり緊張するものだな…」
トントン
軽く玄関の戸を叩くが、応答はない。
ドンドンドン
今度は強く叩いてみたが、これも応答がなかった。
堪えきれずに戸を開けて中へ。耳をすますと奥の方から話し声が聞こえる。
「おぉーい!」
大きな声で呼びかけ、やっと1人の人物が出てきた。この宿屋の女将、シリーナ・サイヨンだ。
「おぉ、アンタかい。久しぶりだねぇ!」
バシッと男の肩を叩くシリーナ。
男は鬱陶しそうに彼女の手を払い、「上がってもいいか?」と尋ねた。
「もちろんだよ」
「客が来ているのか、珍しい」
「うるさいねえ」
男は客の顔を見ようと奥の部屋へ向かい、戸を開ける。
「どれどれ、どんな変わり者が来てるのか……。って、何ィ⁉︎」
お前は、お前は。とたまらず後ずさりをする男。部屋にいた客に因縁があるのか、顔に冷汗を浮かべている。
「なんだよ、人の顔見て腰抜かして…」
部屋には5人の客がいたが、男が顔を見て驚いたのはその中の1人のみで、布団に横になっていた青年だった。
「お前は、ルァヴィンの…!」
男はそう言ってフードを取ってみせる。
さっきまで不思議そうにしていた青年も、顔を見るとその男のことを思い出したようで、「あーっ!」と声をあげた。
「なんでここにいるんだ。ゼント!」
こう言った青年とは、疾斗である。
そしてマントの男は、ゼント・ドイザー。レヌァスンに来て最初に疾斗が倒した相手で、階級は3等星であったはずなのだが、今はなぜか風貌が違う。
そもそも疾斗の背丈の何倍もあったはずの彼が、いまは疾斗より少し高いくらいになっているのがどうにもおかしい。
それはさておき、首をかしげるヤルバー、フィーナ、ベイラルのためにゼントという男について疾斗はひととおり説明をした。
「なるほどなぁ」とうなづくヤルバー。
「つまりこのゼントってヤツはアズーの仇ってわけだ」
そう言った彼は鋭い目つきでゼントを睨みつける。
「それについて弁解をさせてもらえないだろうか」
おこがましいのは承知している、とゼントは唇を噛んだ。
この様子を見て、疾斗は何を感じたのか、弁解を聞いてみることに。
「我輩はすでに教皇騎士団を辞した。それというのも少年、お前のおかげだ」
もともとゼントはアズーのような子どもたちを守る騎士になりたくてフォルタ教教皇騎士団に入団したという。
しかし実際に入って彼が見たものは、昇進のみを目指して、でっち上げの悪者を取り締まる、堕落した騎士たちの姿であった。
そんなことがあって迷いを感じていたゼントに、生け贄の少年の保護という任務が言い渡された。
本来ならば1等星が出向くべき案件なのだが、それまでのゼントの態度を評価した上司の推薦によって彼が選ばれたのだ。
そうしていざ現場である村、ルァヴィンに着いてみると、“ある集団”が先にいた。
「あれはおそらく、“正剣兵団”だった」
ゼントがそう言った瞬間、ヤルバーの眉がピクッと動いたのを、疾斗は見逃さなかった。
「正剣兵団って、アレかヤ。フォルタ教に反対した四肢戦士の1人が創設したっていう…」
とベイラル。
「その通りだ。そして、ルァヴィンを壊滅させたのはその正剣兵団だった」
だから自分はお前たちの仇ではない、と付け足すゼント。
これにアズーが応える。
「でもおじさんは疾斗を傷つけた。それは変わらないよね。何か先に言うことがあるんじゃないの?」
父のイルヤ譲りの諭し文句。幼い頃から道理をきちんと教えられていたアズーが立派に育たないはずはなかった。
「…す、すまなかった」
素直に頭をさげるゼントの姿勢を見て、疾斗は思った。
こいつは信用できる、と。
そう思ったところで彼の頭に1つの疑問が浮かぶ。
「ゼント、お前はなんでここに来たんだ?」




