ダナ対ベイラル
疾斗の作戦によってカエルから元の姿に戻れたヤルバー。
その作戦というのは(作戦、と呼ぶには少し稚拙かもしれないが)、キョルメを挑発して疾斗の姿をヤルバーに変えるように誘導、そしてその光線に向かって手の中に隠していたヤルバーを放ったのだ。
「ムキーッ!」
まんまと乗せられてしまったキョルメはさっきから地団駄を踏んでいる。相当悔しかったのだろう。
「どうするよ、疾斗?」
ストレッチをしながらヤルバーが尋ねた。この言葉の意味はキョルメを相手にどう戦うか、ではなく、彼女を見逃すかどうか、である。もはやヤルバーの頭の中には彼女に負けるという発想は存在していなかった。
問われた疾斗はため息をついて、「どうせお前は『女のコは傷つけたくないぜ〜』とか言うんだろ?」とわざとらしく呆れてみせた後、勝手にしろ、と笑った。
疾斗は嬉しかったのだ。ヤルバーとまたこうして話ができていることが。そんなことは照れくさくて本人に向かっては言えないものの、確かにこの瞬間を喜ぶ疾斗がいた。
だがそんな中、ベイラルとダナの戦いは白熱を極めていた。
「…お前なんか、おれ1人で十分なんヤ!」
息を切らしながらも『せっかちな雷鳴』を振り続けるベイラル。
さて、この『せっかちな雷鳴』という呪具。自分の繰り出す予定の攻撃を前倒しできるという便利なものだが、必ず弱点があるわけで。
攻撃を前倒ししてから10秒以内にその斬撃が走った所をなぞれなければ、その攻撃が自分に返ってくるのだ。
唯一の救いがあるとすれば、ダナがそのことに気付いていないことくらいだろう。
しかし神は本当にいたずら好きのようだ。
「お前の呪具の力を知ってからずっと考えていたんダナ。呪具というものには大小はあるにせよ、必ず制約があって、お前のソレはどんなものかと考えていたんダナ」
そう言ってダナがキョルメの方へ飛び退ったかと思ったら彼は何やら耳打ちをした。
「わーい、ダナにお願いされちゃった!」
今にも羽ばたきそうな勢いで飛び跳ねるキョルメは落ち着くと、変化鏡を味方であるはずのダナに向けた。
すると彼の体は光にまかれ、次の瞬間には全く別のものへと変身していた。
「ウホォ」
ゴリラ、に似てはいるが、それはつい先日ヤルバーが言っていた『モナモナ』なるものそっくりだった。
尻尾は体長の2倍で、腕が4本のゴリラ。唯一ヤルバーの絵と違うところは毛色が赤ということくらいだ。
「マジでシリーナさんみたいだ…」
思わず呟いた疾斗。ここに全く悪意がない、と言って信じる人がどれほどいるのだろう。
それはそうと、ダナは考えがあってこのような姿になったはずなのだが、それが全く読めないベイラルは、呪具を握る手に汗がにじむのを感じていた。
「へっ、的が大きくなっただけヤ!」
恐怖心を見せまいと無理やりに笑って攻撃を仕掛けるベイラル。
ズバッ
前借りの斬撃は紙一重でかわされてしまったので、そこをなぞろうと彼が『せっかちな雷鳴』を振り下ろすと、
ガツッ
まだ振り切らないうちに止まってしまう。
見るとモナモナに変身したダナが左腕2本でベイラルの呪具を握って止めている。
7、6、5…。
徐々にタイムリミットが迫る。10秒以内になぞれなければ、攻撃が自分の身に返ってくる。
4、3、2…。
しかし、ゴリラ以上の怪力によって抑えられているせいでビクともしない。
1、0。
ズシャァァッ
ベイラルの右肩から臀部の左側にかけて見えない斬撃が走る。
「ウッ!」
あまりの痛みに叫び声も上がらないまま、彼は床へ崩れ落ちた。
「やった、やった、わーい!」
1人だけテンションがおかしいのは、言うまでもなくキョルメである。皆が声を出せないでいる中で彼女は笑い声をあげている。場の空気をとことんカオスにすることに長けた人物だと評価できよう。
そんなキョルメに少なからずイラつく疾斗である。
「お前、さっき俺に騙されたわりには元気だなぁ?」
それとなくまた煽ってみると、それまで満面の笑みだったキョルメの表情がみるみるうちに怒りのそれへと変わっていく。
「…あの半魚人みたいにしてあげる」
ピクッとアズーの眉が動く。
ベイラルが倒れたことによって、彼に貸した能力が戻ってきたアズーは、
「半魚人、キョルメ=ルネイス、変化鏡…。そうか!」
と声をあげた。
「ガンゾーが言ってた。ギュイヴをイムトゥに変えた1等星の名前は『キョルメ=ルネイス』だったって!」
イムトゥ。もともと沼に住んでいた半魚人のギュイヴが何者かに変身させられた超巨大なサカナだ。
その“何者か”がキョルメだとアズーは言う。
「そうか、お前が…」
目の前で臨戦態勢に入っているキョルメを見据えた疾斗は『風斬』を掲げ、白刃をその手に握りしめるのだった。




