怒車の術
「これが、教皇騎士団訓練所か…」
「だだっ広い空き地ヤ。真ん中に小屋があるだけヤな」
ベイラルの言う通り、訓練所は現世でいう小学校のグラウンドのような砂地が広がり、中央に大人5人が入ったら一杯になりそうな白い小屋がポツン。
それだけだった。
「訓練、してないよね?」
アズーも首をかしげる。本当に不思議なことだが、訓練所に人の姿は影も形もなかった。
「とりあえずあの小屋まで、アズーの危機察知能力を頼りにして行こう」
こうしてじっとしている間にフィーナが何をされているか。それだけが気がかりの疾斗はそう言った。
そうして3人は慎重に、一歩一歩を確実に踏んで白い小屋へと歩く。
すぐそばまで来た時、おもむろにアズーが顔を上へ向けた。
疾斗とベイラルも後からそちらへ目線を変えると、彼らの頭上に赤黒く、小さな雲が浮いていた。
「なんヤ、アレ?」
普通の雲では絶対にありえない色をしたそれは、みるみるうちに彼らの頭の高さまで降下してきた。
そこには深緑色のトレンチコート風なものを羽織った男が。胸部には3つの星が光っている。
「おめさんが噂の“贄の運び屋”らかね?」
独特のなまりで尋ねてきた、3等星と思われる男。髪は後ろで束ね、目はつり目、鼻は小さい。
「ああ。俺が贄の運び屋だ」
疾斗は乱暴に答え、身構えた。
目の前の男は教皇騎士団の人間、つまり敵なのだ。どうせ戦うことになるならあまり関わりを持たない内に倒した方が良いという考えが疾斗の中にはあった。
しかし相手の反応は予想とはかなり違うものだった。
「ダナ様がお待ちかねらすけ、ついて来いて」
戸惑い、ベイラル、アズー、カエルのヤルバーに目で聞く疾斗。2人と1匹が頷いたので大人しくついていくことに。
3等星の男はショアレと名乗り、雲に乗ったまま白い小屋の戸を開け、中へと入っていく。
疾斗たちも追随すると、小屋の中にショアレの姿はなく、床に人がやっと1人入るかどうかという大きさの穴があり、そこからハシゴがのぞいていた。
「この下が本当の訓練所ってわけヤな」
意を決して降りていく。
するとどこまでも廊下が続いていて、その途中をショアレは雲に乗って移動している。
4人が追いつくと、「この中でダナ様とキョルメ様が待ってるすけ、早よ入れ」と、鋲が打たれた重厚感のある赤い扉を指差すショアレ。
言われた通りに開けて中に入る。
中は紫雲岩を磨いて作られた壁、床で、部屋全体に怪しい雰囲気が漂っていた。
「おれらの掘った紫雲岩は最終的に教皇のとこまで流れていたんかヤ」
そんな風に、ベイラルが感傷に浸っていると、「その通りダナ」という男の声が奥から聞こえてきた。よくよく思い出してみると、昨晩キョルメを助けに来た男の声である。
「お前たち谷賊のような無法者たちを教皇様が放置しているのは、採掘分野で有益な働きをしているからなんダナ」
男の後ろにはキョルメがくっついている。
「ねぇダナ。こんなやつら早く倒しちゃってアズーくん連れてこーよっ」
そしたら休暇がもらえるからずっと一緒だよ、と彼女は屈託のない笑顔を見せる。
「それだけは勘弁してほしいんダナ…」という呟きはキョルメには幸い聞こえなかったようだ。
ダナというこの男はとある事情で女性が苦手になってしまったのだが、それはまた別の機会に。
とにかく、今の状況は疾斗たちにとって芳しくない。ヤルバーはカエルになってしまっているし、キョルメだけでも苦戦したのにさらに1等星がもう1人増えた。
それでも…。
「フィーナを助ける。アズーも渡さない!」
疾斗には作戦があった。が、そのためにはヤルバーの力が必要だ。そのお膳立ての方法を彼は必死に考えているのだった。
「ベイラル。5分、いや3分でいい。あの2人の相手をしていてくれ」
何かを思いついた疾斗がそう言った。
「おれをなめんなヤ。10分でも余裕ヤ」
「ああ、頼んだ」とベイラルの背中を叩く疾斗。
「あとアズー、ベイラルにお前の能力を貸してやってほしい」
「まかせて、ハヤト!」
ぴとっ、とアズーがベイラルの背に触れる。おそるおそる目を開いたベイラルは歓声をあげた。
「なんヤ、コレ!?」
この様子を見ていたダナが口を開く。
「もう待つだけ待ってやったんダナ」
すぅ、と一呼吸。
「これより生け贄である少年の保護作戦を開始するんダナ!」
言葉が切れると同時に彼は走り出した。背後では、「やっちゃえ、ダナ〜」とキョルメが手を振っている。
あと数歩でベイラルに手が届くところまで迫ったダナだったが、途中で宙返りをした。と同時に、彼がいた場所に斬撃が走る。
その直後にそこをなぞって薙刀型の呪具、『せっかちな雷鳴』を振るうベイラル。
「なるほど、攻撃を事前に繰り出せる呪具ダナ」
ダナはこの攻撃を初見で見破った。さすがは1等星、と感心するベイラル。
さて、2人がこうして戦っている間に疾斗は着々と準備を進めている。
「アズー、お前はこの柱の陰に」と手をとって避難させ、アズーの肩に乗るヤルバーをひょいと摘み上げると、「お前にはちょっと大変な仕事をしてもらうぜ」と作戦を説明する。
「ゲコ!」と全てを聞き、頷くヤルバー。
よし、と気合を入れて疾斗はキョルメの方へ向き直ると、「おーい、キョルメぇ!」と叫んだ。
「気付いてないみたいだから言うがぁ、ダナはお前のこと全っ然好きじゃなさそうだぞぉ!」
「う、嘘だぁ。そんな嘘ついたって、キョルメなんとも思わないもんっ!!」
と言った彼女は涙目だ。
そうしてしばらくすると、怒りをあらわにして、もの凄い勢いで迫ってくるキョルメ。背中の変化鏡を前面に構え、光線を放つ。
「おわっ」
前転でなんとかかわした疾斗。二撃目も紙一重で避けると、にぃっと笑った。
「たしかに他の動物には変身させられるのは分かった。だが他の人間には変身させられないのか。まあそんな高等なことはさすがにできないよな?」
怒車の術と呼ばれるものが忍術の中にあるらしい。相手の怒りの感情を刺激し、その心を操るということで、この時、疾斗は思いがけず怒車の術に近いものを実践していた。
しかしその加減は非常に重要である。いきすぎれば相手が不審感を抱いたり、足りなければすでにヨンメルという別の人物に変身していることを思い出してしまったりするかもしれない。
今回、疾斗の加減は絶妙であった。
「できるよっ、やってやるよ〜っ!」
じゃあ俺をヤルバーにしてみろよ、とありったけの憎たらしさを全面に押し出して煽る疾斗。
「見てろーっ、このぉ!」
疾斗に向かって変化鏡の光線が伸びていく。
「うわぁぁぁッ!」
一瞬、部屋全体が光に包まれ、収まった。
「やーっと戻れた〜。待たせた分は働くぜ、ハヤト!」
疾斗の前に立っていたのは他でもない、今までカエルだったヤルバーであった。




