撤退
今現在の状況を説明すると、ヤルバーはキョルメの攻撃により姿をカエルに変えられてしまい、疾斗はその攻撃を避けるためにアズーの力を借りていて、力を貸したアズーは能力を失い、自分に迫る危機も察知できない状態でヤルバーを探している。
そして疾斗は、自分の姿に変身したキョルメによってヘッドロックをかけられ、しかも顎を外されてしまった。
そんな状況で疾斗に異変が。
急に悶え始めたのだ。
「ちょっと、暴れないでよねー」
迷惑そうな声で言ったキョルメだったが、自分の拘束から大の男が抜け出せないことに相当の優越感を覚えているらしく、表情は満面の笑みだ。
その様子を見て、「まずい」と思うカエルのヤルバー。これは闇ハヤトの予兆ではないかと推察し、どうにかしてアズーに知らせようとするが、カエルの鳴き声など耳に入ったところで誰も気にも留めない。
とにかくアズーに近づいてありったけの声量で鳴いてみるヤルバー。
するとアズーが鳴き声に反応した。手を耳に添えて音を拾い、場所が定まると、そこへめがけて手を振り下ろした。
バチィッ
アズーの意外な反応によって死を覚悟したヤルバーだったが、幸いどこにも怪我はなく、アズーのふっくらとした両の手に乗っかっている。
「質問するから、『はい』なら1回、『いいえ』なら2回鳴いて?」
アズーは手の上に乗るズッシリと重い生物にそう言った。
「ゲコ」
その生物が反応する。1回だから『はい』の意味だ。
「その鳴き声、カエルになったんだ」
じゃあ1つ目の質問、とアズー。
「君は、ヤルバーですか?」
「ゲコッ」
カエルは少年の手の上で何度もうなずく。しかしその様子が少年の目に映ることは絶対にない。
「やっぱりヤルバーかぁ。どうせ、目線が低くなったからいやらしいことができる、とか考えてるんでしょ」
「ゲコッ」
ヤルバーは1回鳴いた。
「今のは質問したわけじゃないんだけど…」と首をかしげながらも、次の質問へ。
「元に戻る方法は分かった?」
「ゲコゲコ」
これに関しては、分かっていたらすでにやっているだろうとアズーも内心では思っていたが、質問せずにはいられなかった。
「ゲコゲコッ、ゲコ!」
ヤルバーは、こんな問答をしている場合じゃないと伝えたくて一生懸命、身振り手振りを用いて鳴くのだが、目が見えないアズーに対しては儚い努力である。
「どしたの、急にバタバタして?」
じれったい気持ちで一杯のヤルバーは、思い切ってアズーの左頬を水かきのついた小さな手ではたいてみた。
するとアズーが、「このぉ!」と怒って辺りを探し始めたので、ヤルバーは、「ゲコゲーコ」と煽りながら安全な場所まで誘導することに。
疾斗たちから80メートルは離れたと思われるところでヤルバーは止まり、怒れるアズーによって捕まえられた。
「もう、いいかげんに…」
ドォッ
喋りかけていたアズーは突然の衝撃波によって地面に伏し、ヤルバーは体が軽いために遥か遠くへ吹き飛ばされてしまった。
もともと目が見えないうえに、疾斗に能力を貸したせいであらゆることが分かる能力も失っているアズーは、無駄だと分かっていても衝撃波が来た方向へ顔を向けずにはいられなかった。
そうすると、自分の能力がいつの間にか戻っていることに気づくアズー。
早速疾斗の様子を確かめると、疾斗の様子が変わっていた。まるでウランバラの森のときのような、冷たい疾斗になっていた。
ガキィッ
自分で外れた顎を元に戻した闇ハヤトはキョルメに向かって、「この程度か。1等星が聞いてあきれるな」と吐き捨てるように言った。
「えっと…。さっきの人、だよねー?」
あまりの変わりように疾斗の姿をしているキョルメも驚きを隠せないようで、しきりに髪の毛をくるくるしている。
「知ってるか知らねえが、痛えんだよ。顎外れんの」
キョルメを睨みつける闇ハヤト。ふと右手を挙げたかと思ったら、そこにはまばゆい光を放つ札が。
「結束符」
札が徐々に腕に沈んでいく。完全に腕に宿ったのを確かめた闇ハヤトがその手をキョルメに向けて伸ばすと、そこから黄色い光のロープみたいなものがシュルシュルと出てきた。
そのロープはキョルメに巻き付くと、彼女をきつく締め付け、その体を闇ハヤトのもとへと運ぶ。
「てめ、離せ。このッ!」
悪態をつきながら蹴りを入れようとするキョルメ。しかしそこには力がまったく入っていない。
「俺たちに手を出したのは間違いだったな…」
そう言うと、闇ハヤトは凄まじい拳をキョルメの腹にお見舞いした。
10メートル弱は飛んだように見えた彼女の体は地面には落ちなかった。彼女と同じ赤い学ラン風の服を着た1等星らしい長身の男が彼女を受け止めたのだ。
「…よくもやってくれたんダナ」
「誰だよ、邪魔すんじゃねえ!」
餌を横取りされた野良猫のような顔つきの闇ハヤトは吠える。しかし相手には通用していない。
「明日、どうせ訓練所へ来るんダナ? そこで決着をつけるんダナ」
そう言うと驚異的なジャンプで民家の屋根まで駆け上がり、その1等星は去っていった。
「なんだよ、あ…ッ!」
ドサッ
急に意識をなくした疾斗は崩れるように地面に倒れこむのだった。




