変化鏡
思い出亭の入り口に立てられた松明の明かりを頼りに、疾斗はキョルメと名乗った1等星を観察している。
彼女の背中にある大きな鏡はおそらく呪具で、その能力は何かに変身することのようだ。
「キョルメが話したいのはそのコだけなんだけどなー」
そう言ってキョルメはアズーを指差す。
とっさにアズーの前に出た疾斗は、「ここじゃ民家もある。話すなら場所を変えよう」と提案した。
これにキョルメは、「キョルメも教皇騎士団の品位を落とすようなマネはしたくないからね。いいよー」と微笑んだ。
意外に物分かりがいいな、と思う疾斗。
こうして、疾斗、ヤルバー、アズーはキョルメを警戒しながら共に人気のない空き地へ向かった。
警戒されている側のキョルメは、疾斗たちを脅威だとみなしていないのか、平然として先頭を歩く。
「ねえ、キミのそれは呪具ってやつなのかな?」
こちらだけが警戒しているのも格好がつかないと思ったらしく、ヤルバーがいつもの軽薄な調子でキョルメに尋ねた。
「あはっ、やっぱり気になっちゃうのかな〜っ?」
これからこのコにやられちゃうかもしれないんだもんねー、と返され、ますます無様な結果に。
そうこうしているうちに、もともとは家一軒があったような空き地に到着した。
「それで、なんでアズーに近づいたんだ?」
強めの口調で疾斗が問う。
「だって、そのコも生け贄だもん」
まったく予期していなかった返答に戸惑う疾斗たち3人。なかでもアズーの顔からは表情が消えている。
どういうことだ、と疾斗は頭を働かせる。
ヨンメルは異能の力の持ち主で、12回目の運供の儀で生け贄に捧げられることになった。そして生け贄はこれまで「1回の儀式で1人」というのが原則だと聞いていた。
「そんなはずないだろ!」
ヨンメルに加えてアズーまでもが生け贄に。湧き上がる感情すべてを込めて叫んだ疾斗だったが、キョルメは首を横に振る。
「人生に例外はつきものなんだよ、運び屋さん?」
上目遣いで彼女はそう言った。
「…じゃあ、俺のやることは決まった」
そうして疾斗は静かに疾走符を構える。
「オレたち、だろうよ」
臨戦態勢の疾斗を少しなだめるように肩をポンと叩き、彼の横に立ったヤルバーはご自慢の隠し刀を抜いた。
「キョルメと戦うの? んじゃ、死ぬ覚悟できてんだ…」
ニコニコした顔から一転、闇を宿した表情に様変わりしたキョルメ。
この表情を見てヤルバーが思い出したのは闇ハヤトのことだ。強敵と戦うたびに出てくる別人格。正体もよくわからない不確定な存在だが、教皇騎士団1等星ほどの相手と戦うのだから、また出てくる可能性は大いにある。
そうなればアズーを巻き込むという事態にもなりかねない。
ヤルバーは自分が取るべき行動を決めあぐねていた。
すると、「ボサッとしてると、やっちゃうよ〜」という声が。
「しまった!」
反応して避けようとしたヤルバーだったが、ほんの数瞬の差だった。
彼から見て右斜め前方向にいたキョルメが構えた鏡から出た光線に当たってしまったのだ。
「うあぁぁぁッッッ!」
ぐっと目を閉じていたヤルバーは、自分の体に痛みがないことに気づいた。
なんだ、なんでもないじゃん。
「ゲコゲコォ…」
安心してため息をついたが、何かがおかしい。声が、おかしい。
そういえば視界も、低い。
「ヤルバー、どこに消えちまったんだ!」
疾斗の心配の声だ。
「ゲコッ、ゲコゲコゲコ!」
彼の声に応えようとヤルバーは必死に声を上げるが、口から出るのはおかしなガラガラ声のみ。
手を見てみると、指先は丸く、指と指の間には水かきが付いている。
これはまさか、とうすうす勘づくヤルバー。
そう、彼はキョルメの鏡の光線によってカエルにされてしまったのだ。
そうとは知らない疾斗とアズーは消えたヤルバーを探し続けている。
「ヤルバー!」
叫んでも叫んでも、聞こえるのはキョルメの不敵な笑い声と調子のおかしいカエルの鳴き声ばかり。
「あいつに何したんだッ!」
無防備な状態でキョルメに近づいていく疾斗。
「あー、あんまし動かない方が良さげかも。ほら、踏むと悪いよ?」
そう言ってまた彼女は笑う。
踏む? 何を?
ここでハッとする疾斗。
「…お前の呪具、自分が変身するだけじゃなく、他人も変身させられるのか!?」
勘がいいねー、と拍手をして答えたキョルメは、得意げに自分の呪具について語り出した。
「キョルメの呪具は『変化鏡』っていって、あなたの推察どおり自分と他人を他のものに変身させることができるの。すごいでしょ」
ただ難点があって…。と彼女は続ける。
「自分が他人に変身するときはその人の粘膜に触れなきゃいけないし、その人以外に変身がバレたら解除されちゃうし、で本当使いづらいったらありゃしないのね」
こんな風に自分の呪具について彼女が熱弁している中、疾斗は全く別のことを考えていた。
「アズー、久しぶりに“アレ”やってくれ」
“アレ”に心当たりのないアズーは、小動物になったらしいヤルバーを探す手を止め、尋ねた。
「なに?」
「ルァヴィンで俺に未来を見る力を貸してくれただろ。アレだ!」
「ああ、アレね!」と合点し、アズーが疾斗に駆け寄ると、疾斗の背中に手を当てた。
するとまたあの時のように疾斗の見える景色に変化が現れる。
彼が地面に目を向けると、キョルメの背後に回り込むような足型が浮かび上がっていた。
「疾走符!」
そう叫び、札を掲げて光と一体化する疾斗。強靭になった脚力でキョルメの背後を取りに行く。
この位置取りは変化鏡を奪い取れということだと予想した彼は、凄まじい勢いで手を伸ばすが、さすが1等星。そう簡単には取らせてもらえず、かわりに腹部にキツい蹴りを食らって、8メートルほど吹っ飛ぶ疾斗。
「くそ、足を着くべき場所が分かったって上半身の動きまでは確認できないな…」
手形も確かに浮かび上がってはいるのだが、そこまで戦闘中に気を回していてはまともに戦えないのだ。
後ろのアズーに目をやると、能力を失い完全に盲目の中でもヤルバーを探し出そうと、顔がもう少しで地面につきそうな勢いで頑張っている。
子どもにあそこまでさせといて、大人が弱音を吐いてはいられない、と言わんばかりに唸り声をあげて疾斗は立ち上がった。
「お前の攻撃といったら光線か打撃ぐらいだろ」
相手には聞こえない声でそう呟き、疾走符を解除した疾斗はたて続けに頑強符を掲げる。
「斬撃や特殊攻撃は防げないが、打撃ならほぼ無効化できる…! 『全身硬化』!」
「へー。なら変化鏡は防げないよね?」
言葉と同時に光線を繰り出すキョルメ。
しかし、疾斗には着くべき足の場所がはっきり見えていて、光線をサッと左にかわすことができた。
だが、これがキョルメの策略。光線をかわすことに集中していた疾斗は、上方から跳びくる彼女の存在に気づくことができなかった。
ドガッ
岩をも砕きそうなキョルメのかかと落としは頑丈になった疾斗の頭には損傷を与えなかったが、その勢いのせいで彼はマネキンのように体を固めたまま地面に倒れる。
その隙をキョルメは見逃さない。まだ空中にいた彼女はそこで体を左右にひねりながら落下コースを疾斗の背後に調整し、彼の背中にピタッと張り付いてヘッドロックを決めた。
その可愛らしい見た目に似合わず腕の力は疾斗並みかそれ以上で、振りほどくのは相当困難に思える。
「ぐあっ…!」
息がだんだんと苦しくなっていく疾斗。
ズキズキッ
「ッ!」
その瞬間、疾斗の顎に激痛が走った。背後のキョルメが一瞬のうちにその顎を外したのだ。
「あがっ、あがが…!」
そうして彼女は、疾斗の口内に指を入れてその内壁を撫でた。
「いただき〜っ」
キョルメがそう言って笑っていると、その声はだんだん別の人物のものへと変わっていく。
俺だ。
疾斗はすぐにそれが分かった。
そして気づけば彼の首を絞めている腕も男らしいものになっている。
「あはっ、これからが本番だよ〜?」
疾斗の声でキョルメはそう言った。




