キョルメ=ルネイス
シリーナとの話を終え、今夜4人で泊まる部屋に戻った疾斗は、部屋の中を見てキョトンとしてしまう。
「どこ行った…?」
布団がきちんと4人分敷かれた部屋には誰もおらず、一抹の不安が募る疾斗。しばらくその場に立って考えていたが、とにかく探したほうが良いと割り切り、玄関に向かった。
カラカラと音のなる軽い引き戸を開けると、宿の前にある高めな植え込みに身を寄せるヤルバーが。
声をかけようと疾斗が口を開くと、慌てて抑えられた。
何がなんだか分からない疾斗は小声で「どうしたんだよ」と尋ねる。
するとヤルバーが一度植え込みの向こうの様子を確認してから意地悪そうに、「まあ、聞いてみたら分かるさ」と答えたので、疾斗は大人しく従い、向こう側からかすかに聞こえる音に集中してみた。
そうして聞こえてきたのは女児と男児の話し声で、それがヨンメルとアズーのものであると認識するのは疾斗にとって容易であった。
アズーが震えた声で、「どうして、こんなことするの?」と言うのが聞こえる。
「言ったでしょ、『あたしにはあなたが必要なんだ』って」
そうしてヨンメルがずいっとアズーに近づくのが気配で感じられた。
「でも、でも、こんな…」
おかしいよ、と弱々しく抵抗の色を見せるアズー。
「いいから。全部あたしに任せて」
ここまで聞いた疾斗はヤルバーを、「悪趣味なやつだな、お前」とジェスチャーで非難したが、『悪趣味なやつ』のレッテルを貼られたヤルバーは首を振りつつ、「本番はこれからだよ」と返した。
疾斗が呆れながらもまた耳をそばだてると、今度はかすかにではなく、しっかりと聞き取れるアズーの声が向こう側から響く。
「君は、誰?」
沈黙。その中にパタパタという貧乏ゆすりの音。問われた人物が戸惑っているのが伝わってくる。
アズーは繰り返した。
「君はヨンメルちゃんじゃない。いったい、誰?」
「ヨンメル…だけど」
「ちがう」
「…ちがわない」
「ちがう」
「もう、なんなのっ?」
なんだこの状況、と横を向いた疾斗はさっきまでそこにいたヤルバーがいないことに気付いた。
「はいはーい、そこまで!」
明らかに場違いなテンションで割り込んでいくヤルバー。
頭をかきながら後について出ていく疾斗。
「やっぱりヨンメルちゃんじゃなかったのね、キミ」
予想通りといった表情でヤルバーが少女に顔を近づける。
しかし、どこからどう見てもヨンメルそのもので、どうしてその考えに至ったのか疾斗には見当さえついていない様子だ。
「ハヤトから聞いた話で、ヨンメルちゃんから“助けてほしい”っていう本心を、暗に伝えられたっていうのは知ってた」
ヤルバーはそう切り出し、自分の推測を説明し始めた。
「そんなやり取りがありながら、“助けなくていい”はどうも引っかかってたんだよね。そこで思いついた推測は2つ。1つ目は、教皇にそう言ってくるように脅された。2つ目は、今オレたちの目の前にいるのがヨンメルちゃんのニセモノ、っていう仮説」
そこまで言うと、まるで「あとは分かるだろう?」というかのごとく、ヤルバーは黙った。
するとそれを合図に今度は少し戸惑いながらも疾斗が推理を引き継ぐ。
「1つ目はないな。運供の儀を本当にやるつもりなら、生け贄であるヨンメルを俺たちの所に1人でよこすわけがない。どんな教育をしたって、俺たちがその洗脳を解かないっていう保証はないからな」
それに、と今度はアズーがそこに加わる。
「僕は、自分がヨンメルちゃんの姿をしたこの子に教都アブソールに連れて行かれる未来を見たんだ。ハヤトやヤルバーが言っていたヨンメルちゃんならそんなことはしないって思ったから、あんなことを訊いたんだよ」
3人から追い詰められた正体不明の少女は観念したのか、「穏便に済ませたかったのになー」とボヤいて、バク転をした。
すると、その間に彼女の見た目は、ヨンメルから見たこともない亜麻色の髪の女へと変貌している。だがしかし、変貌といってもヨンメルより数センチ背が高いぐらいで身長はさほど変わっていない。
服装は赤の学ランのような服で、サイズは自分にぴったりのサイズを2倍したくらいである。
さらに大きな特徴としては、背中に大きな楕円形の鏡を背負っているということが挙げられる。
変身してから数分後、彼女は自己紹介をした。
「フォルタ教教皇騎士団1等星、キョルメ=ルネイスです。よろしくねーっ!」
想像していたのとはだいぶかけ離れているが、ついに1等星が来てしまったのか、と疾斗は身がまえる。
これから彼らは戦うことになってしまうのだろうか。




