商都ヴェミリ
セダワン渓谷を流れる川に小舟を浮かべ、疾斗、アズー、ヤルバーの3人は、連れ去られた谷賊の頭領の娘、フィーナを助けるため、下流にある商いの都、ヴェミリを目指していた。
最初のほうは紫雲岩がむき出しの谷しか見えなかったのが、川を下るにつれて普通の岩が転がる河原になり、河岸が整備されているところまで来る頃には、商店が左右に立ち並ぶ賑やかな街の景色に囲まれていた。
「おーい、アンタたち!」
植物を編んで作られた買い物袋を両手で抱えた大柄な女性が声をかけてきた。
「目の前にヴェミリ名物、『水神の滝』があるの、知ってるかい?!」
揃って前方を確認する3人。
確かに、川はあと5メートル弱行ったところで途切れている。
「おいおいおいお……ィィィイィッ!!」
3人の乗る小舟は落差30メートルの水神の滝を一気に落ち、滝つぼに飲まれていく。
ドッボーンという音がたってから数十分後、3人は川から這い上がった後、なるべく緩やかな斜面を見つけて登り、ようやく商都ヴェミリの地に足を着けた。
「アッハッハ。アンタら、気持ちのいい落ちっぷりだったよ〜!」
声の方を向くと、先ほど注意をしてくれた女性で、まだ荷物を持っているところを見ると、あれからずっと3人が戻ってくるのを待っていたらしい。
「あ、あなたは…、どういう?」
「アタシかい? アタシはサントナ地区で宿屋をやってるモンさ。アンタら出稼ぎに来たんだろう?」
「えっと…」と疾斗が言葉につまっていると、「そうなんです、ご婦人。けどどうもこんな賑やかな所は不慣れで…」などとヤルバーが調子良く応対をする。
3人の目の前に立っている、割烹着のような家庭的な服とゴツすぎる体格がミスマッチなご婦人は「ふうん」と相槌をうって疾斗たちを見つめ、口を開いた。
「それにしても汚い格好だねぇ。どれ、ウチで洗濯したげるよ」
3人はそれぞれ自分の格好を確認するのだが、揃いも揃って泥汚れ、ほつれ、穴開きなどが目立つ。
互いの姿を笑いあうのを中断させて、アズーに自分の買い物袋を持たせると、彼を肩に乗せ、疾斗とヤルバーを両脇に軽々抱えるご婦人。
「いや、俺たちには急ぎの用が…」
右脇に抱えられた疾斗が言いかけると、上からアズーが、「いいじゃん、そのまま泊めてもらおうよ。どっちにしろ侵入するなら拠点が必要でしょ?」と耳打ちをした。
これに納得したのか疾斗は黙り、代わりに左脇からヤルバーが喋り出す。
「失礼ですが、ご婦人。アナタのお名前は?」
「失礼だと思うなら聞くんじゃないよ。貴婦人に名前を聞く時はまず自分から、だろう?」
この男勝りな体格で貴婦人かぁ、と疾斗、アズーが声を押し殺して笑う。
「コレは失礼。オレはヤルバー。人呼んで“恋笛の…」
「じゃあ右の兄ちゃんは?」
「疾斗です」
「ハヤトか。最後はアンタだね」
そう言って彼女は、肩に乗るアズーを見る。
「僕はアズー。ルァヴィンから来たんだ」
「ルァヴィン? 聞かない土地の名だねぇ。でもそれだけ遠くから来たってことだろう。ちっこいのにたいしたモンだよ、アズー」
言葉の所々に垣間見える暖かさ。疾斗はアズーの両親、イルヤとグリシャのことを思い出していた。
「ではご婦人、アナタの番ですよ」
「そこまでしてオバさんの名前が聞きたいかねぇ」
ご婦人はもったいぶっているのか、ため息を挟む。
「アタシはシリーナ=サイヨンってんだ。聞いたからにはよーく覚えておくんだよ?」
「はいっ!」と3人は声を揃えて答えた。
「アッハッハ。アンタら、アタシが見込んだとおりみたいだねぇ!」
彼女の笑い声を聞いた商店の者や買い物客がこちらを見ていることに気づき、疾斗は恥ずかしいからやめてくれ、と顔を俯けた。
すると、方々から、「おぉ、シリーナさん!」や「シリーナさん、こんにちは〜」、「やあ、シリーナ。今日の買い物は人間かい? あっはっは」などの声が聞こえ、その1つ1つが彼女の知名度、人気度を物語っている。
さて、そこから少し時間は進み、夕暮れ時。4人は、シリーナが宿屋を営むサントナ地区に入っていた。
新鮮な野菜や果物、魚なんかを売る店が多い中央区(疾斗たちがシリーナと出会った所)と違い、料理屋や酒場が集中していて、疾斗は自分の世界にいた頃にこんな街に憧れていたことを思い出した。
「お、アレですか? シリーナさんの宿屋」
前方には確かに三階建ての宿屋らしき建物があるのだが、その店は彼女の雰囲気に似合わず、妖しく色めかしい明かりが灯してある。
「…ウチはあんな宿じゃないよ。あぁ、そうだよ」
半分ひとり言のようにも聞こえる言い方でシリーナは答え、先ほどまでの笑顔を失ってしまう。
「おばちゃん…」
そうつぶやいて、アズーがシリーナの頭に手を置くと、彼女がプルプル震えていることに気づいた。
「おばちゃんて……、呼ぶなー!」




