崩れゆく人格
「お前のかわいいワンコたちを殺ったのは俺だ。さぁ、出てこいよ」
どこにいるかもわからない敵に呼びかける疾斗の眼からは光が失われつつある。
「出て、こないじゃないか…」とフィーナ。
すると疾斗は、「10秒以内に出てこなかったら、剣の雨をまた降らす」と脅しをかけた。
今の発言からすると、先ほどの剣の雨は彼がやったことらしい。谷族の2人も耳を疑っている様子だ。
そんな敵は姿を現した。
「…テメェが殺ったんだな、贄の運び屋ァ!」
そう言うのは、山吹色の“ぴっちり”した上下の服を着て、髪は後ろでまとめている若めな男だ。左胸には2つの星。おそらく教皇騎士団2等星だろう。
「教皇様には生け捕りって言われてるが、いいよなァ、バラバラにしてもよォ!!」
そう言った瞬間敵は走り出した。疾斗たちに背を向けて。
「アッ、逃げたヤ」ベイラルが呆れる。
だがこれこそが敵の戦法、バトルスタイルだった。走る最中、敵は自分の腰にぶら下がっている拳よりも小さい壺を口元へ運び、息を吹き込んだ。
すると、息で膨らんだ壺がしぼみながら、20匹余りの狛犬を吐き出した。
作業を終えた敵が木々の中へと消えていくのを、3人はただ見ていることしかできない。いや、そう思われたが疾斗は違った。
疾走符を掲げ、瑠璃色に包まれた疾斗は凄まじい脚力で、敵の数歩後ろまでの30メートルをひとっ飛びに跳び、相手を押し倒した。
敵は目をむき、「ひっ」と顔をひきつらせる。案外この男は臆病なのかもしれない。
「ひとつ教えろ」そう言って疾斗は敵の胸ぐらを掴んだ。
「ガンゾーやドゥーナたちをどうした?」
もはや疾斗の眼のどこにも光は見てとれない。
「誰だァ、そいつら? オレァ弱いヤツは記憶しない主義なんでよォ」
目一杯強がっているつもりなのだろうが、明らかに声が、体が震えている。それに気づいた疾斗は敵を笑う。乾いた笑いだ。
「正直に言わないと、その無様な姿をさらし続けることになるぞ?」
「ホントに記憶にねェ! てか敵の名前なんぞ聞いたことねェ!! 誰なんだよ、教えてくれェ…」
「ウランバラの森、半魚人。これで察しろ」
少し考えたのち、敵は急ぎ口調で、
「ア、思い出した、そうだ。“変なヤツ”が入ってきて1人残らず逃しちまったんだ!」
そう言って、「もういいだろ」と木陰の方に走っていく。
敵が数メートル行って、「あ」と疾斗。
「礼を忘れるところだった」
瞬間、敵の頭上に無数の白刃が降り注いだ。
敵が串刺しになるところを見届けた疾斗が振り向くと、谷族の2人が呪具を構えていた。
「お前らも、さっきのヤツみたいになりたいのか?」
そう問いながら、すっかり様子が変わってしまった青年は、2人に歩み寄る。
「最初会ったときとは印象がだいぶ違うじゃないか?」
フィーナは睨みをきかせながらも、疾斗の殺気に気圧されそうになっている。
「こっちの方が気分がいいんだ」
「どっちがホントの顔なんヤ?」ベイラルが一歩前に出る。
「…質問が、多いぞ」
疾斗が手の中に風斬を出現させ、いよいよ殺気は鋭さを増していく。と、そのとき、
ズガッ
疾斗の後頭部に回し蹴りが炸裂した。攻撃を防ぐことなく、もろに受けた青年は「ぐあっ」と声をあげて3メートルほど吹き飛ぶ。
蹴りを繰り出したのは、アズーをおぶったヤルバーであった。
「女ったらし!」フィーナが叫ぶ。
「その呼び方…。ま、いいか」ポリポリと頭をかいてヤルバーは苦笑した。
「あ〜あ、またヤルバーがデレデレしてるよ」背中のアズーが首を振る。
「そうだなぁ。こういうことは、ボウズみたいなお子ちゃまにはまだわからんよなぁ。うんうん」
ヤルバーの意地悪そうな顔。アズーは見ることができないが感じ取ったらしく、ヤルバーの顔面に思い切り拳をめり込ませた。
鼻血を流すヤルバーとアズーの追いかけっこが始まるかと思われたが、ベイラルの大声がそれを止める。
「おい、こっちに来い。またこいつが動きだすんヤ!」
彼の指す先には地面に倒れている疾斗が。
ピクッ
指先が動く。
「どうする。縛りあげちまうかい?」フィーナがヤルバーに視線を飛ばす。訊ねられたヤルバーは首を横に振った。
パチパチッ
2、3回まぶたが開いたり閉じたりしたかと思った次の瞬間、疾斗が飛び起きた。
「お、俺はどうなった…?」




