谷賊の流儀
清らかな流れとともに歩く疾斗。ただ黙々と歩いているようだが、実のところ、彼の心中は不穏な風に吹かれる林が如くざわついていた。
その原因はいくつかあるのだが、そのほとんどが自分についてである。最近のものから手をつけるとするなら、ウランバラの森での出来事であろう。
何があったかお忘れの方も多いとは思うので簡単に説明を。
我らが主人公・疾斗は、人喰い植物の餌食になりそうだった半魚人を助けた後、人が変わったかのように荒れ狂ってしまった。
そんなことがあった疾斗は、自分は己の内になにか別のものを宿しているのではないかと、そう思い始めていた。
自分では抑えが効かない存在。それを感情と呼ぶならたしかにそうなのかもしれないが、あの時の感覚がそれだとは今の疾斗には信じられなかった。
「それにしても、さっきの声は…。谷賊の2人もどっか行っちまったし」
心に絡みつく懸念材料を振り切るように疾斗はつぶやいた。
地面に耳をあて、音を探ってみるが、水のせせらぎの他に聴覚を刺激するものはない。
と、その時だった。
「フグモォォォォオオオ」
またあの雄叫びが轟き渡り、水面は歪な波紋を映し出す。
脳が震えるような感覚に襲われ膝をついた疾斗だったが、気絶の一歩手前で踏みとどまり、声の方へ駆けた。
途中でツタに足を絡ませ、木に肩を打ちつけながらも、ひたすらに森を駆ける。
すると開けた場所へ出た。
そこには谷賊のフィーナ、ベイラルがそれぞれの武器を構えて立っていた。
彼らの目線をたどるように視点を横にずらすと、なんとそこにいたのは、
「あの、狛犬だ…」
そして、それが意味すること。すなはちドゥーナたちの敗北を瞬時に悟った疾斗は、仇をとるために出て行こうとしたのだが、急な頭痛に襲われその場にしゃがみ込んでしまう。
一方、見たこともない生物(?)の群れを前に意気込むフィーナとベイラル。
「姐さん、ここはおれに任せてくれヤ」
そう言ったベイラルは自分の薙刀型の呪具を構え直すのだが、なぜかそのあと彼は動かない。
と、思った次の瞬間。
ズシャアアァ
数匹集まって唸っていた狛犬らが予兆なしに一文字に斬られた。
そうした不思議が起こった数秒後、斬撃が走ったのと全く同じ場所にベイラルが呪具を振るう。
「へっ、おれの呪具、『せっかちな雷鳴』は未来に繰り出す予定の攻撃を前倒しすることができるんヤ!」
「こらっ、ベイラル。調子に乗るのは全部終わってからにしな!」
「へいへい…」とまた『せっかちな雷鳴』を構えるベイラル。
しかし、二撃目が繰り出されることはなかった。
無数の純白に輝く剣が空から降り注ぎ、数百匹いた狛犬がわずか7秒で全滅したからだ。
「どこのどいつだァ、ウチのかわいいワンコたちを殺ってくれたのはよォ⁉︎」
ウランバラの森で聞いた声。また姿を隠しているようだが、今の声には憤慨の色が全面に表れている。
そこへザッザッと一歩一歩草を踏みしめながら出てくる者が。疾斗である。
「下がってな、捕らわれの身の、しかもシロウトのアンタが出る幕じゃないよ」
フィーナは続ける。
「それにアンタがやろうとしてることは、売られたケンカは買うっていう谷賊の流儀を邪魔することになるんだよ」
これに対し、疾斗はたった一言。
「…知るか」




