ウランバラの森にて
半魚人たちに協力を要請し、受け入れられた疾斗たち。
どのようにヨンメルを助け出すか話し合った結果、「2等星がいたということは、部下をその場に残している場合も考えられるな」という隊長の言葉に従い、迂回路を行くことになった。
選んだルートは沼の城より西に位置する『ウランバラの森』を抜け、紫色の岩肌が目立つ『セダワン渓谷』を超えるというものだった。どちらも難所なために自分たちは辛いが、その分、教皇騎士団の心配はしないで済む理想的なルートだ。
そしてありったけの食料をカバンに詰め込み、大勢の半魚人を連れた少女救出作戦は始まりを迎えた。
「なぁ、ガンゾー」
ヤルバーはニヤニヤしながら隊長に話しかけた。
「が、ガンゾー? 俺しゃまにはガンゾールゾ・ディタ・ヘルメフォンという貴族名が……」
「いやそれ長すぎ。やっぱり“ガンゾー”が一番しっくりくるんだよ」
こんな他愛もない会話が2人の間で起きている頃、疾斗はアズーを挟んでドゥーナにこんな質問をしていた。
「お姫さ……おっと、呼び捨てでいいんだったな。ドゥーナは本当にガンゾーの元召使いだったのか?」
これが聞こえたのか、前を歩く隊長が「ハヤト、お前まで俺しゃまをしょんな呼び方で呼ぶのか?!」と怒鳴る。
しかし誰も反応しない。しまいにはヤルバーに肩をポンと叩かれて憐れむまなざしを向けられる始末。
「ガンゾールゾ様に仕えていたのは事実よ。でも、隊長がご主人様かどうかって言われたら、わからないわ」
『女神の瞳』で自分の心を律したドゥーナはそう答えた。
「なんか、似てるとこはないのか? 口ぐせとか、しぐさとか」
腕を組んで必死に考えたドゥーナの答えは「ないわね」だった。
するとそれまで黙っていたアズーが口を開く。
「ガンゾーは本物だよ。僕にはわかる」
「そうか。お前がそう言うのならそうかもしれないな」
疾斗がそう応えたのを区切りに、そこから誰もしゃべらなかった。
理由は2つ。1つは、日が暮れてきて辺りに漂う緊張感のようなものが増したということ。2つ目は段々と前方に“呪いの森”とも呼ばれているウランバラの森が見えてきたことだ。
「さあ、ここからが本番だ……」
疾斗の口から出たこの言葉は早っている皆の鼓動をさらに加速させるのに十分な迫力だった。
木々までもが妖しく蠢く森へと一行は踏み込む。
それから数十分後。
草をすりつぶしたような匂いで気がおかしくなりかけながら、疾斗たちはウランバラの森を奥へ奥へと進んでいた。
ヤルバーがちらちらと辺りを見回すような動きをしているのが視界に入り、ガンゾーが「あまりキョロキョロするな……」と疲れのこもった声で(たしな)窘める。
「でも、なにかに見られてる気がしますね」とドゥーナ。
「ドゥーナも、か。実は俺も」と疾斗が応えた。
それからは皆が互いの足を踏む音にまでどきりとしなくてはいけなくなってしまい、一行の背後から長い長い影が迫っていることに気づく余裕などなかった。
そして、それは突然に襲ってきた。
「うわァァァ!!!!?」
1番後ろを歩いていた半魚人が叫んだ。
「どうしたァ!?」
ガンゾーが振り向くと、なんと数人の半魚人たちが無数のツタに締め上げられているではないか。彼らの体からはミシッ、ミシッと骨にヒビが入る音が聞こえてくる。
ヤルバーが「待ってな、いま助けに行くぜ」と、締め上げられている半魚人たちに向かって走り出し、それを見た疾斗が「俺も」と足を踏み出した時。
グワンッ
いつの間にか足に絡まっていたツタが疾斗の身体を持ち上げ宙吊りにしてしまう。
「くそッ、降ろせ、このッ!」
暴れてみても意味はなかった。ツタはびくともしない。
ヤケになりかけた疾斗は最後の護符があったことに気づき、札を掲げて叫んだ。
「風斬ッ!」
札から発せられる白い光がだんだんと形を変えてゆき、気づくとそれは一振りの剣になっていた。
「札が…剣に?」
近くから半魚人たちのこんな声が聞こえてきたが、疾斗は気にせずに跳んだ。
トットイに絡まっているツタで全てかと思われていたが、道の脇から4、5本のツタが迫ってきた。
ズバッ ズバッ
疾斗が剣を振るうと、斬撃とともに強風が巻き起こり、トットイを締め付ける長いツタは、あっという間にこま切れになっていた。
ボフッという音と白煙をあげて、剣はまた元の護符に戻った。
ドサッと地面に落ちたトットイは、疾斗があまりに早く事を解決したので、「あ、ありがとう…」としか言えなかった。
しかし礼を言われた方はというと、口を一文字に結んでずかずかとトットイに歩み寄り、膝をつく彼の首を掴み、引っ張り上げた。
「ハヤ…ト?」とアズーが首をかしげる。
その瞬間、トットイの体は道の脇に生えた木まで吹き飛ばされた。疾斗が殴ったのだ。
吹き飛ばされたトットイの口からは赤い血がたらたらと流れ出ている。
ガンゾーが青い顔(半魚人のため元々顔色は青めだが。)をして、「何をしてるんだ⁈」と尋ねた。
「んなこと決まってんだろ。このふざけた野郎をぶっとばしてんだよォ!」
そう答えた疾斗の眼に光はなく、ただ負の色だけがそこに存在していた。
そんなとき、女性の「アハハハハ」という甲高い笑い声が一帯に轟き、それを聞いた疾斗は、「うっせえんだよ‼︎」と吠えた。
ザッザッと葉を踏みしめる音が前方から聞こえたかと思うと、現れた女性はおもむろに言った。
「アハハハ、こんな所で“邪喰の器”に逢えるとはのォ」
愉快、愉快と笑みを浮かべるその女性は、疾斗が自分の世界で出会った占い師そのものだった。




