イムトゥ
「はやかったね」
隊長と自分以外誰もいない部屋でアズーが言った。
隊長は何も聞かなかった。これまで一緒にいてわかったのだ。アズーは目が見えないかわりに並みの者が見ることのできないなにかを見ているということを。
「アズー、しゅまないがカーテンを開けてくれないか?」
アズーがカーテンを開けると朝日が沼の底まで照らしている。
「ねえ、いままで聞くのがこわくて聞けなかったんだけどさ、」
窓の外に広がる、どんよりと明るんだ景色を見ていたアズーが隊長の方へ振り向いた。
「このお城って、なんで沼の深〜いところにあるのに、水が入ってこないの?」
隊長は簡潔に「しょれはだな、大昔の生け贄の1人がしょういう能力を持っていたからだ」と説明した。
つまり半魚人たちと大昔の生け贄になんらかのつながりがあり、安全に暮らすためにこの水中の城を建ててもらったということらしい。
そうなのか、とアズーが納得していると、シュルルルルと大きいなにかが窓の外を横切った。
アズーは窓に背を向けていたが隊長ははっきりと姿を見たらしく、
「ま、まずい! アレが目覚めるのはまずいぞ!」
と叫びながら部屋を出て行った。
わけが分からず、とりあえず窓から外を覗くアズー。しかし、左、右、上を見ても何もいず、隊長が見たものはなんだったのだろうと首をかしげたその時。
グンッ
“それ”は沼の奥底から凄まじい速さで上昇してきた。
「サカナ……なの?」
姿こそ魚のようだったがその大きさを見ると、以前に疾斗が倒した3等星、ゼントの5倍ほどもあり、全く異質のものに思えた。
廊下から無数の足音が聞こえてくる。
あんなバケモノにどうやって立ち向かうのだろうとアズーが考えていると、
「アズー、大丈夫?」
という声が後ろから聞こえた。
「ドゥーナちゃん」
そこに立っていたのは隊長を連れたドゥーナだった。
アズーは外にいるサカナについてドゥーナに尋ねた。するとドゥーナは、アズーを落ち着かせるようにと、優しい声で説明をする。
「アレはね、『イムトゥ』と呼ばれているものよ。もともとは人間だったの」
しかしドゥーナの気づかいはあまり効果がなかったらしく、これを聞いたアズーは得体の知れない恐怖に襲われた。
「な、なんで人間だったのがサカナになっちゃうの?」
どう考えてもヒトがサカナになるなんて話は信じられず、アズーはここから逃げ出したい気持ちでいっぱいになりつつあった。
「まさか、それも昔の生け贄の人が……?」
水中に城を建てる能力があるくらいだからヒトをサカナに変える能力があってもおかしくないんじゃないかと考えたアズー。
しかしドゥーナは、
「いいえ。アレは生け贄の力ではないわ」
と答えた。
「じゃあ、なんであんな……」
「呪具だ……」
それまで壁にもたれかかっていた隊長が突然口を開く。
「キョルメ=ルネイスと名乗る一等星が数年前にここを訪れてな。ヤツの呪具、『変化鏡』の効果で1人犠牲者が出てしまった。それが、いま外で泳いでいるヤツというわけだ」
隊長は何かまだ言いたげだったが、どうやら今は言う気はないらしい。
アズーは改めて外のイムトゥ(サカナ)を見てみる。
「なにか、苦しそうだよ」
そう呟いたアズーはドゥーナの方へ向きなおり、叫んだ。
「あの人を……助けて!」
そうしなければいけないような気が、アズーにはしていた。彼はその幼さで、いまの自分には訴えることしかできないということをきちんと理解しているのだ。
そしてその訴えは、ドゥーナの心を動かした。
「……隊長、全軍に攻撃準備の取り消しを」
そう言ったドゥーナはしゃがみこんでアズーと同じ目線になると、
「あなたは優しいのね」
と、アズーの頭をなでた。
なでられたアズーは無邪気に笑う。
「えへへ、いつハヤトと会っても恥ずかしくないようにしてるんだ」
この時、外ではイムトゥが暴れ泳ぎ、その上の水面にはある一艘の舟が浮いていた。




