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贄の運び屋  作者: ニシキメサイコ
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二刀流の二等星

並んだ家々を二つ飛ばしに飛び越えて疾斗は逃げていた。ヨンメルを抱えて。


ヤルバーは「野暮用があるのさ」と言い残して路地へと消えてしまった。


風を真正面から受けて凍(こご)えそうな疾斗は、跳躍しながらいつものように考えを巡らせていた。


なぜあの時、『俺がお前を連れて行く』なんてことを言ったのか。それが今度の疑問であった。


なぜ、「自分の命は大切にしろ」というよく聞く台詞(きれいごと)が出てこなかったのか。


それは、そんなことを軽々しく口にすることこそ少女にとって失礼だと感じたからに他ならなかった。生け贄という生まれた時から割り当てられている役割を必死に受け入れ、それを頼りにどうにか立っている彼女の前に、そんな安い台詞は紙切れに等しい。


そして“こう”も思った。「この子は、どこかアズーに似ている」と。どこかははっきりしないがそう思えた。


さて、こんな考えごとをしながらも疾斗は跳び続け、ヤルバーと出会ったニリファース高原まで来たときには辺りはうっすら暗くなっていた。


「止まって」


抱える腕の中からヨンメルが言った。


「何か聞こえるわ」


「何かって……。ッ!?」


たしかに聞こえる。シャイィィン、シャイィィンと、刃物同士がこすれ合う音が。


そして、暗がりからその男は出てきた。その両手には刀が一本ずつ握られていて、それらをこすり合わせている。


「あなたが三等星を倒した方ですか」


少しほっそりした体型で、メガネをした黒髪の美青年。服の胸部には2つの星が。


疾斗は今しゃべりかけてきた男が何者であるかを悟る。


「二等星……か」


疾斗が身構えると、メガネの美青年はため息まじりに口を開いた。


「まずは名乗らせていただきましょうか。私はフォルタ教教皇騎士団二等星、ギアン=スピカス。以後、お見知り置きを」


だらけたお辞儀をしたギアンはメガネをくいっと上げる。


「はぁ、めんどくさい……」


ギアンがボソッとつぶやいた。


「めんどくさいですが、その生け贄を連れ戻せば私の出世は確実ですからね。そこで、取り引きをしませんか?」


「取り引き、だと?」


疾斗が片眉(かたまゆ)をピクッとあげる。


「ええ、そうです。このままヨンメルさまを連れて行ったところであなたに利益はない。ですからこちらへ渡してくださいませんか?」


「ハヤト……」


疾斗はヨンメルの手のぬくもりを背中に感じ、同時に、ヨンメルの心の引き出しの奥にしまわれた本心を読み取った。


「断る」


短く、スパッと疾斗がギアンに言い放った。


「なぜです? なぜ、回避できる争いへ身を投じるのですか?」


ギアンは本当に訳がわからない様子だ。


そんなギアンに向かって疾斗はゆっくりと歩み寄り、2人の距離がほんの1、2メートルになるところまで行ってから喋り出した。


「俺は実はレヌァスンの人間じゃない」


「……?」


「何も分からないままここまで来たが、やっと俺がここにいる意味が分かったんだ」


ここで一拍おく。


「どっかの映画の運び屋みたいにハチャメチャやりながらミッションを達成する……。俺は『贄の運び屋』になるッ!」


「贄の運び屋……ですか、それは困りましたね。では私の呪具、『砂刃(さじん)』で葬(ほうむ)ってさしあげましょう」


そう言った次の瞬間、なんと5人に増えるギアン。


「分身!?」


疾斗が驚いているのを見て鼻で笑ったギアンは得意げに能力の説明を始める。


「ええ、そのとおりですよ。私の2本組の刀の呪具、『砂刃』は“こすり合わせた回数を5で割った数だけ”分身を生み出すことができるのです」


シャイィィン、シャイィィンと聞こえてきたのはそれか、と疾斗とヨンメルが納得していると、5人のギアンは息の合った動きであっという間に疾斗を取り囲んだ。


円の外にいるヨンメルが心配のあまり、疾斗の名前を叫ぶと呼ばれた疾斗は、


「安心しろ、ヨンメル。お前の望みがわかった今、お前を教皇になんか渡さない。それがこの世界に対する反乱だとしてもな」


と、彼女の心配を包み込むように応えて、頑強符を掲げた。


「それが噂(うわさ)の頑強符ですか? では見せてもらいましょうか、3等星を倒した力を」


その言葉とともに、ギアンたちはそれぞれが立ち位置を入れ替えながら疾斗を斬りつけた。


これに、頑強符の効果を信じて避けようともしなかった疾斗だったが、強くなったはずの彼の体にはあっさりと傷がついてしまった。


「う、嘘だろ……?」


「どうやらその頑強符は鋭利なものには弱いようですね」


そしてギアンたちの攻撃は止まった。分身の疲労はオリジナルにも影響するらしい。ギアンたちはひどい息切れを起こしている。


そのうちに5人のギアンが1人、2人と減り、ついには元のギアン1人になった。


「もう、時間切れですか」


そう言って再び砂刃をこすり合わせ始めるギアン。


「どうすればヤツに勝てる? どうすれば……!?」


ボソボソ呟きながらポケットに手を突っ込んだ疾斗は気付く。まだ使っていない札が2枚あったのだ。


「これだ!」


選んだ護符(ごふ)には、『結束符(けっそくふ)』と記(しる)してあった。早速頭上に掲げてみると驚くことに……なにも起こらなかった。


しかし、疾斗がそんなことをしているうちにギアンが今度は8人に。そして彼らは疾斗を斬(き)ろうと一斉に飛び上がった。


「いやぁぁぁッ、ハヤトぉッ!!」


ザシュッ ザシュッ ザシュッ


肉の切れる音がこだまし、疾斗は倒れた。分身したギアンによって斬られたのだ。


「いやぁぁぁッ!」


ヨンメルは喉(のど)が裂けるほど泣きわめいた。


疾斗の体からは血が溢れ出ている。


そこへ歩み寄り、もう疾斗の意識がないことを確認したギアンはヨンメルに、「では、戻りましょうか。教皇様のもとへ」と言って近づいた。


ヨンメルは生気を失った声で「……そうね」と応える。


これを聞いて昇進がかなうと思ったのか、ギアンは不気味な笑顔を見せた。


「でも、待って」


ヨンメルは自分の腕に迫(せま)ったギアンの手をはね飛ばして疾斗の傍(かたわ)らにしゃがみこむ。


「ハヤト、死なないでね……」


ギアンには聞こえないほどかすれて消えそうな声をかけ、彼女は動かない疾斗の体を短く細い腕でぎゅっと抱きしめた。そして肩を震わせながらギアンに連れられて行く。


それからから数十分。ポツポツと雨が降り始めた頃。


「……ブシュッ」


くしゃみとともに目覚めたのは、疾斗だった。しかし体がとても重く、動くことはできない。


「生き……てる。なんで?」


答えは薄々わかっていた。瀕死(ひんし)の人間を元の状態に戻すなどということができるのは異能の力を持つ者だけ。


つまりヨンメルが何かしらの能力で治してくれたということだ。


しかしながらヨンメルの姿は見えない。


雨に濡れながらも、必死に地を這(は)う疾斗。


「ヨンメル、ヨンメル!」


探しても彼女は見つからない。


「……あの子は教皇騎士団のヤツが連れて行っちまったぜ」


聞き覚えのある声に疾斗が振り向くと、そこにはアブソールで別れたヤルバーが立っていた。


急に現れた彼に、「これまでどこにいた?」と疾斗が聞こうとすると、彼はそれをさえぎるように話し始めた。


「おっと、『どこにいた?』って言いたいんだな? オレもアブソールでやりたいことがあったんでよ、そっちを終わらせてから道端の花に聞いたら『お前らはここにいる』って言ったんでよ、よしじゃあこのオレを待ってる2人に早く会いに行ってやろうかな〜と……」


「なあ……」


 疾斗が口を挟む。


「長い」


 そう言われて、ヤルバーは要約した。


「つまり、アブソールへ戻ってヨンメルちゃんを取り戻そう、ってわけよ」


 紫色の髪をかきあげ、ヤルバーは教都アブソールの方角を指差した。


「なら、少し遠回りをしていこう」


「どこへ寄るのさ?」


「“沼の城”って、知ってるか?」


「沼の城って、凶暴な半魚人が住んでるっていう、あれか?」


 ヤルバーは少し引き気味にして聞いた。

 そして気付くと、いつしか雨は止み、もう互いの顔がかろうじて確認できるかできないかという所まで暗くなっていた。


「今日はもう遅いな。話の続きは明日にしよう」


 そう言って疾斗は木に登り、器用に体を枝に乗せて眠りについた。

 1人取り残されたヤルバーは自分も木の上で寝ようかと思ったが登ることができず、しかたなく地面に座りこんで、笛で子守り歌を奏(かな)でるのだった。

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