己の中の闇
一旦ゴン爺の小屋に戻り夜を待ち、夕焼けが地平線に沈みきった頃に再び窪みに戻ってきた疾斗たち。ちなみにヤイトは「お肌のために」と言って小屋で寝ている。
「…あそこにいますね」
疾斗が松明を掲げると、はるか先の針山にうっすらピューロの赤い羽毛を確認できた。それは深い呼吸をするようにゆっくりと上下していた。
「よし。ぼちぼち始めるとするかのぅ」
そう言ったゴン爺は手近な針山に飛び移り、手招きをする。
「ほれ、早く来んか」
まだ少し不安が残るのか、疾斗は躊躇する様子を見せた。
「どうしたんじゃ?」
さすがに様子がおかしいと思ったのか、ゴン爺が疾斗の顔を覗き込んで尋ねた。
「怖いんですよ」
ぽつり、疾斗が言う。
「また自分を見失うんじゃないかって」
こう疾斗が言ったとき、そういうことか、とゴン爺が肩を上げて反応した。昼間、疾斗から闇ハヤトのことについても少しばかり聞いていたためだろう。
「解決してからでないと修行も意味をなさん、か」
そう言うとゴン爺はその場に腰を下ろし、疾斗にもそうするように促す。
「よし、ならば闇ハヤトとやらの話を詳しく聞こうかのぅ」
「俺もヤルバーから聞いただけなんですけど…」という語り出しで自分が暴走したときの状況をなるべく細かく説明し始める疾斗。
全て聞き終わり、「ふむ」と一回うなづいてゴン爺が白髪をかきあげる。
「その闇ハヤトはおぬしの感情に呼応して現れるようじゃな」
自分もそう思っていたのか、疾斗は黙って続きを聞こうとする。
「ハヤトよ、おぬしはその闇ハヤトについてどんな感情を抱いておる?」
そんなの決まってますよ、と虚空を見上げて答える我らが主人公。
「憎しみです」
「…そうか、心の闇は憎いか」
少し考えさせるようなゴン爺の口ぶりに、本当に自分は闇に対して憎悪の念を抱いているのか考え直すが、どれだけ考えてもそれしか思いつかなかった。
「それではハヤトよ、」とゴン爺。
「己が闇が憎ければ追い出そうとするだろう。そのためにおぬしならまず何をする?」
これには言葉が詰まった。自分の中の闇が憎い、恐ろしいといくら心で思っていても、具体的に何かをしたわけではなかった疾斗にとってこの質問は極めて難解であった。
「答えられぬ、か」
疾斗が静かに頷くと、「ならばこの言葉を忘れるな」とゴン爺が疾斗の額に拳を当てながら言った。
「おぬしは闇を忌み、背を向ける。それ故に闇に呑まれる。光になりたくば闇を知れ。敵を知らねば戦えぬぞ」
ストンと落ちた。どこにも引っかからずにその言葉は疾斗の奥深くへと吸い込まれていった。
「ゴン爺さん、俺は闇に勝てると思いますか?」
心配そうに尋ねる疾斗に対して、「安心せい。そのためのワシじゃ」と快活に笑うゴン爺。
その自信に満ちた笑顔に限りない安心感を覚えた疾斗はつられて笑い、自分の指針を強く持ち直した。
「この修行を早く終わらせてアズーに追いつき、じいちゃんを止める…!」
そう心で唱えたとき、彼の胸が心なしか熱くなったようであった。
「…?」
疾斗が首を傾げるのに気付いた上で、「さてさて、今度こそ特訓を始めるとするかの」と仕切り直すゴン爺。
「はいっ!」
溌剌とした返事で応える今の疾斗にもはや迷いの色はなかった。




