修行の幕開け
目の前の老人が伝説の四肢戦士の1人だった事実に驚く疾斗。
「四肢戦士って4人とも同じくらいの年齢だと思ってたけど、ゴン爺さんは…」
彼がそう言いながらまじまじと老人の顔を覗き込むと、ゴン爺に「失礼じゃな」と、顎を乗せていた右手を取られ捻られ、スッテンコロリン。転がされてしまった。
「つ、強い!」
出会った時もそう感じたが、元四肢戦士という話を聞いてからだとなおさらである。
「ほれ見ぃ。やはりワシじゃなくてはな」
今となってはもう疾斗に異存はなかった。むしろ早く修行をしたいという気持ちでいっぱいだった。
その意思を表するとゴン爺は、「ならばこうしては居れん。ヤイト、おぬしも来るのじゃ」と、銀髪の少年も伴って3人で修行に行くと言いだした。
これを聞いたガンゾーは、「じゃあ俺しゃまは行くぞ」と腰を上げる。
「え、行くってどこに?」と疾斗。
「アズーは正剣兵団に攻め込むつもりなのだろう。それなら俺しゃまたちがいた方がいいと思ってな」
「そうか…。なら、アズーに会ったら、『絶対仇を取れよ』って……」
「ああ、伝えよう」
「あ、でも、『くれぐれも無茶はするな』ってのも……」
「うむ、分かった」
「あとは…」
「そこまで!」と、ゴン爺が会話を断ち切る。
「ハヤトよ。心配なのも分かるが、ここは一歩引かねばアズーが成長できぬぞ」
この言葉に疾斗は、「そ、そうですね」と頭を掻く。
「よし。伝言も聞いたことだし、今度こしょ俺しゃまたちは行くぞ」
ガンゾーはそう言うと、部下たちを引き連れて小屋を後にした。
しばらくして、「さて、ワシらも行くかのぅ」とゴン爺。
疾斗は行き先も聞かぬうちに連れて行かれるがまま、彼らに従った。
花に囲まれた小屋を離れ、山道を登る。ゴン爺の小屋までの道よりも心なしか狭く、そして暗く思えた。
やがて山を登りきると、やや大きめなカルデラのようなものがそこにはあった。さっきまで背の低い草花が咲いていた地面が、岩が露わな地面に変わった。
だがしかし、ここで最も注目すべき点は別にあった。その窪みの中には地面と同じ岩でできた突起が散在していたのだ。
その針山地獄を連想させる光景に疾斗は一瞬言葉を失う。
「……これ、誰かが作ったものなんですか?」
するとゴン爺は頭上を指差し、「アレじゃよ」と微笑む。
それを聞いて疾斗が見上げると、天高くに円を描きながら飛ぶ鳥の一団が。
「アレ、ですか?」
鳥如きがこれほど大規模な地形を形成するなど不可能だと思った疾斗は、全力で怪訝そうな顔をしてみせる。
これに再び微笑んで、「まあ、見ててみぃ」と応えるゴン爺。
言われた通りに見ていると、それまで静かだった鳥たちが急に「ギェェェ、ギェェェ」という鳴き声を上げながら散開を始めた。
「よし、ヤイトよ。ハヤトに見せてやるのじゃ」
ゴン爺にこう言われ、銀髪の美少年、ヤイトが太さ60センチほどの針山の一つに飛び乗る。底部までの高さは目で測ってざっと100メートル。
当然落ちたらひとたまりもない。
だがそんな状況に臆することなく、ヤイトは窪みの中心部分へピョンピョンと針山を跳んでいく。
と、その時であった。
一羽の鳥がヤイトに目をつけ、急降下。そして何かを尻尾の辺りから飛ばして今度は急上昇。
飛んできた“何か”を足を動かさずに上半身を反らすだけでかわしたヤイトは上空で様子を見ていた鳥たちに向かい、手でクイックイッと挑発のジェスチャーをしてみせた。
「なんですか、今の?」
あの鳥が何を飛ばしたのか、あまりの速さに視認できなかった疾斗がゴン爺に尋ねた。
「フンじゃよ」
「フン!?」
初めて見たときに一瞬考えたが、まさかそんなはずはあるまいと否定した答えが返ってきてしまい、唖然とする疾斗。
そんな彼に構わず、ゴン爺は説明を始める。
「あの鳥は『ピューロ』といってな。金属をも溶かす水が溜まった沼の魚を食べ続けた結果、岩をも溶かすフンを出すようになったのじゃ」
恐るべき進化。鳥のフンなどで地形が変わるとは。
「でもピューロはなんでこんな地形を作ったんですか?」
「先ほど言った沼の辺りは天敵が居ってのぅ。ヤツらは獲った魚をここまで運んできてから食べ、フンをして飛んでゆく生活を繰り返しておった」
ここでゴン爺は一呼吸おいた。
「そんなある日ヤツらは気付いたのじゃ。フンをした辺りが窪んでいることに。そして今のような突起ができ始めた頃、このフンは営巣にもってこいだと理解した。それと同時にこのフンが武器になることも」
よくよく聞くと、窪みの中心にそびえ立つ針山には群れの卵がまとめて産卵してあるらしい。
そのため、ヤイトのように侵入者が針山に足を踏み入れると、フンで攻撃を仕掛けるようになったというのだ。
「それを利用して修行するなんて…」
自分には到底不可能だとばかりにため息を吐く疾斗を見て、ゴン爺はその頭を小突く。
「何を言っておる。ワシは今日からおぬしにやってもらうつもりで連れてきたんじゃぞ?」
「今日から!? そんな、無理ですよ。足場を確保するだけでも難しそうなのに」
なぜかいつになく弱気な疾斗。
「ハヤトよ、おぬしが目的を持って贄の運び屋をやっているのはさっきの話でよう分かった。しかしじゃ。その目的を果たすにはまだまだ足らんものがある。そして時間は限られておる」
疾斗はこれに思うところがあったのか、「修行、やらせてください」と目の色を変えた。
ゴン爺はこれに頷き、「では一度戻って、夜出直すとするかの」と応える。
「え、今はやらないんですか?」
「ヤツらは夜に眠る。そのとき足場を確保する特訓じゃ」
こうして頷き合う2人をよそに、まだ自分がお手本だと思っているヤイトはひたすらにピューロのフンを避け続けていた。




