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椿の花が枯れるまで【ノベル大賞2次落選作】  作者: 衍香 壮
第5章「生と不思議の国の帽子屋」
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第67話「薄桜の祝福」

「マイヤーさん」


「なぁに?」


「鏡の国を壊してみたらどうでしょう?」


 口元へ料理を運ぶ手が止まる。表情を無くし此方を見上げる様は正直怖かった。相変わらず威圧感が凄い。コレが普段隠している本性なのだろう。


「どういうこと?」


「アリスさんは鏡の国から出てきたんですよね。だったら鏡の国へ通じる道……つまりは鏡を壊してみたらどうですか?」


「どうして?」


「能力の宿った帽子は不思議の国でしか作れない。鏡の国は不思議の国を映し出したもの。そして不思議の国にはアリスさんしか行けない。だったら鏡の国を壊して、アリスさんを不思議の国に帰してみたらいいのではないでしょうか?」


「レノス君はどうするの?」


「不思議の国にアリスさんしか行けないのなら、レノスは必然と置き去りにされるでしょう。あの鎖が、どういったカラクリかは分かりませんが、アリスさんを不思議の国に帰すのなら、それで十分だと思います」


「それをずっと考えていたの?」


「いいえ、今、思いついただけなので、良かった是非」


「そうね、危険が伴うことがなさそうだったら、やってみる価値はありそうね。……それで、なにを引き換えにしたらいいのかしら?」


「さすが三賢者のマイヤーさん、お話が早くて助かります。貴女が不老不死について何か御存じか〝YES〟か〝NO〟でお答え願います」


 ウィッカの世界は何かを差し出すことで成り立っている。故に差し出されたものを受け取った場合、必ず同等のものを返さなければいけないのだ。悪魔との契約を基本理念とした私達は、この掟の中で生きていた。


「最悪だわぁ。でも、これがウィッカの世界よね。答えはNOよ」


「ありがとうございます。では何かあったら今後ともよろしくお願いします」


「諦めたりはしないのね」


「はい。やるだけやりたいんです。それに私、この旅嫌いじゃないので」


「そう。ではコレはアタシからの贈り物よ」


 差し出された箱にはリボンが掛けられている。持ち上げるも、それほど重くない。中に何が入っているか分からなかった為、私は疑問符を浮かべながら箱を揺らしてみたりした。


「中には〝乳香〟が入っているわぁ。神に捧げる為の香なんていわれているけれど、好きに使ってちょうだい。リアちゃんの門出を祝福して……アタシからのプレゼントよぉ」


「ありがとうございます」


「今夜、帰るのよね? 日本に行ったら寄るわ。食事とチケット楽しみにしているわよぉ」


「チケット?」


「Lilacのライブって中々行けないのよねぇ、楽しみにしてるわぁ」


 これがウィッカの世界である。私は胸中で盛大な溜息を吐きながら、何枚も上手な魔女に恨み言を連ねた。何を言ったところで覆るわけなどないのだが、文句の一つも言ってやらないと気が済まない。それでも、勝てるか分からない勝負を仕掛ける気など毛頭なかった。


 暴れ回る私の心胆を聞き逃さないアッシュが笑いを堪えている。それを殴り飛ばしてやりたくなったが、マイヤーさんの前でやるわけにはいかなかった。


「分かりました。お待ちしていますね」


「ええ、では再会を願って乾杯しましょう」


 妖艶な笑みが祝福を告げる。風鈴のような音色を奏でるグラスが、炭酸の泡を映していた。彼女の用意した飲み物はノンアルコールのカクテルらしい。涼やかな色合いを口に含むと、炭酸特有の痺れの後に、清涼な甘さが広がった。



 笑みを浮かべる私に、満足気に微笑む彼女。それにまた笑みを返せば、距離が縮まったような気がした。

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