第66話「薔薇色の理念」
「天使ちゃんに会ったってことは少しは話を聞いたんでしょう?」
「ええ。マイヤーさんは怖い人だと言っていました」
「あの子にとったらそうでしょうねぇ、なんて言っても仕事も増やすんだから」
「仕事、ですか?」
「そうよぉ、天使ちゃんと死神君は人に姿を見られたら、その人間の願い事を一つ、叶えてあげなくちゃいけないの。だから天使ちゃんは早く帰りたくても、姿が見える人間に会ったら願いを叶えてあげるまで帰れない。でもウィッカは違う。そんなの損だと思わなぁい?」
「そうかもしれませんね」
「でしょう? だからアタシはウィッカにウィッカを辞めるように言ってるのよ。特にリアちゃんみたいな若い魔女にね」
「どうしてですか?」
「女として幸せになって欲しいから」
それは結婚して、子供を産んで——そう言った類の〝幸せ〟だろうか。言葉の意味を考えあぐねていると、彼女は淑やかに話し続けた。
「結構、多いのよぉ。リアちゃんみたいに悪魔に恋しちゃう魔女は。でもね大抵の場合が実らないの。悪魔君みたいに情のある奴らばかりじゃないから……それで納得して次の恋が出来ればいいわぁ……でも魔女になるような子は、やはり世間とはズレてるのよね。基本的にイジメられる子が多いから、どうしても人を信じることに抵抗があるのよぉ。でも、そんな人間ばかりじゃないことを〝人間〟に戻って学んで欲しいなって思うの。人間が欲しい幸せって〝それ〟だと思うから」
「魔女を殺すっていうのは……」
「ある意味殺しているわよねぇ、辞めさせちゃってるんだから。でもこれは内緒よ? ウィッカを育てる為の薔薇十字団の三賢者がウィッカを否定してるんだから」
「それで私に結婚しろ、と?」
「正直な話、リアちゃんは魔女じゃないと生きられないでしょう? その見た目を恐れないで近付けるような人間て、そういないだろうし、貴女みたいな子は此方側の方が楽に生きられると思うわ。それでもアタシの根本的な理念は変わらない。いつでも魔女を辞めてもいいのよぉ」
「そんな日は来ませんよ」
「だったら次代のメルキオール候補にしておくわぁ。優秀な魔女は好きだもの」
「お世辞がお上手ですね」
「あら、異世界を自由に飛び回るのってリアちゃんが思ってるより、ずっと難しいのよぉ。だから許可証があるんだから」
「え?」
「本当に、なぁんにも知らないのねぇ。偏った知識は身を滅ぼすわよ? 三賢者でも行きたいところに自由に行けやしないのよ~、だからカスパールもランダムお菓子旅行とか言って、あちこち行ってるんだから」
「そうなんですか?」
「そうよぉ、アタシだってココの外に数か所しか飛んだことないもの。他の国に行こうとしても、行ったことのある場所に引っ張られちゃって……だからリアちゃんは凄いのよぉ。水魔法や花魔法よりも、ずっと移動魔法に優れてるの。それに誰にも習わないで、そこまで使い熟せたら上々よ。アタシなんて師匠がいて、このくらいだもの」
そういうものだったのか、と吃驚する。私が知っているウィッカは、そう多くない。その殆どが自らのことを語らないし、話に聞き齧るエノーラさんは、そんなに強くない魔女だとアッシュが言っていた。
基準が分からないが〝カメリア〟の称号を宣った時も〝そんなもの〟なのだろうと思っていたのだ。思った以上に誉めそやされて、私は些か動揺した。
「でも普通はこんなこと言わないのよぉ。だって戦闘になった時、何が苦手か知られていたんじゃ不利でしょう? リアちゃんに教えてあげるのは、貴女がアタシよりまだ弱いからよぉ」
嫌味な人だ。こういうことを口にするあたりが、三賢者としての余裕というやつなのだろう。
お茶を一口嚥下してから彼女を見やる。話に一段落ついたらしいマイヤーさんは、皿から料理を選ぶと嬉々として食べていた。




