訓練兵・1
みんな顔色ひとつ変えずに、教官の方を真っ直ぐ見ている。空気はぴんと張り詰め、誰も瞬きすら惜しんでいるようだった。
現在ここにいる人数は、試験時には100人ほどいたようだが、一気に減り10人しかいなかった。厳しい選抜を勝ち抜いたのだろう、残った者たちの表情にはどこか張り詰めた自負が滲んでいる。教官の話によると丁度10人ということで、今いる人達で訓練が終わった際に分隊としてまとめるそうだ。
「今日からお前らの事を教育するカリスだ。そして右にいるのは業持ちのドルマだ。ここではいろんな教官が厳しく訓練をさせる!覚悟しとけ!」
「「イエッサー!」」
10人分の声が、朝の駐屯地に響き渡った。
ここから70日間、過酷な訓練が始まる。
初日から教官は常に機嫌が悪そうな顔をし、こちらをずっと観察している。わざとそのような顔をしているのはわかっているが、それでも空気がピリつくし、恐怖を覚える。
「まずお前らは基本教練を覚えてもらう。簡単に言えば回れ右や、敬礼、整列、行進など軍人としての基本を学んでもらう」
カリスの合図とともに動き、練習を続けた。土を踏みしめる足音が、整然と揃っていく。
整列の練習をしている際、急にカリスが喋るのをやめ、力強い足音を立て早歩きでウルの方へ向かった。
「貴様!なぜじっと出来ない!」
距離としてはウルの顔に唾がかかるのではないかというくらいの距離まで近づき言った。
「す、すみません!私お、落ち着きがなくて!」
ウルは目を泳がせオドオドしながら教官にそう言った。
「すみませんじゃない!申し訳ありませんだろ!貴様次動いたら、連帯責任でお前含め全員で腕立て40回だ!」
「イエッサー!」
ウルも連帯責任という言葉は重かったのか、それ以降一切動かなくなった。あのウルがこうなるとはカリスの言葉がかなり効いたのだろう。
その後も順調に基本教練を進めることができ、1週間が過ぎた。
「お前ら!今日は、戦闘訓練だ!接近戦闘から銃の扱いなどを学んでもらう!今回は接近戦闘について学んでもらう!戦場では人間と業持ちが入り乱れて戦闘が行われる!そのため初日だが人間と業持ち混合で1対1で訓練を行ってもらう!ルールとしては相手のダミーナイフを手から離させるか、ダミーナイフを首元に当てれば勝ちだ」
「イエッサー!」
「ではまず、手本を見せる」
カリスとドルマが腰を低くし正面で睨み合う。風と葉っぱが擦れ合う音が、やけによく聞こえた。
ドルマが地面にある小石を腕を伸ばし拾おうとした瞬間、カリスは一気に距離を詰めダミーナイフをドルマの首に近づけようとしたが、すぐにバックステップで距離を取られ、ドルマが大きく振りかぶると同時に衝撃波が走り、右腕に電撃が纏いとんでもない速度と力で、カリスの右手に持っていたダミーナイフを弾き返した。乾いた金属音が空気を切り裂いた。
「あー、降参だ。流石にお前には勝てん」
下を向きながら、大きなため息をつきカリスが両手を上げドルマに宣言した。
「という感じでやってもらう。ちなみにこのドルマって奴の業は手に拾えるものだったら、なんでもとんでもない速度と力で投げることができる。例えばさっきみたいな小石1つでも頭をぶち抜いて殺すことができる」
その場に冷たい空気が走り、訓練兵達は恐怖に怖気づいていた。誰かが小さく唾を飲む音がした。
「ではまず、業持ちの金髪のお前と黒髪の男のお前やってみろ。それとこれらは全て記録して上層部に報告するから、ちゃんとやれよ!」
「イエッサー!」
最初にカリスに指名されたのはアレクトと同期の訓練兵だった。
2人にダミーナイフを渡されると同時に、カリスの「開始!」という合図に始まった。
「私の足の速度舐めないでよね!」
そう言うと走る際のポーズを取り、瞬きする間に同期の黒髪の子の髪の毛はなびき、ハッとしたように右手を見てみるとダミーナイフはなく、すでにアレクトの左手にダミーナイフがあった。
「ウチね世界で1番足早い自信あるよー!」
左手に持った相手のダミーナイフの先端を持ち、尻尾とナイフをフリフリさせ煽った。
「次は、業持ちの白髪のお前とミサンガを付けたお前。やってみろ」
「イエッサー!」
カリスの「開始!」という合図に始まり、ウルとティシは睨み合った。しばらく2人一歩も動かず、様子を伺った。
するとウルはナイフの持ち方を変え、ナイフの先端を持ち始めた。
その瞬間ウルはティシに向かってナイフを投げ、ティシは間一髪のところで避ける事ができた。頬をかすめた風が、ひやりと冷たい。
「な、何やってんだあいつは。顔面めがけて投げてたぞ」
後ろでヒソヒソと同期の訓練兵がそう言っていたが、ティシと教官2人は気づいていた。
ウルは闇雲に投げたのではなく、ティシの目の前に飛んでいた虫を殺していたのだった。
「よしじゃあ次は、片目を隠したお前とポニーテールのお前」
「イエッサー!」
ネイトと同期の子が指名された。
またカリスの「開始!」という合図に始まり、相手が先手を取ろうと始まりと同時にダッシュして、襲いかかった。
ネイトは何度も相手の攻撃を避け、押されながらも反撃の様子を伺ってるようだった。土煙が二人の足元で舞う。
「お前っ…!なんで反撃しない!」
そう相手が言うとネイトが言い返した。
「だって隙だらけだし、すぐやっちゃっても教官に良いところ見せれないでしょ?」
「こんのっ…!」
相手は挑発に乗ってしまい、攻撃が荒くなってきた。ネイトは長いため息をつきながら目つきを変え、相手の背後を素早く取り腕を掴むと、相手を放り投げそのまま地面に叩きつけた。鈍い音が響き、相手は呻き声を上げた。
「よしいい感じだな。じゃあ次は~」
それからどんどん色々な組み合わせで、初日の戦闘訓練をした。
日が沈み、空が赤く滲む頃。
「よし!今日の訓練は終わりだ!宿舎に戻ってしっかり休めよ!」
「イエッサー!」
みな疲れ切った顔で、重い足を引きずるように4人は宿舎へと向かった。
宿舎に着くと、ベッドに座り込んだウルが大きく伸びをした。
「はぁー、もう腕上がんない…。でもさ、アレクトの速さ反則じゃない?あれもう見えてなかったんだけど」
「ふふん、まぁねー。でもウルの虫殺しも大概だったよ。あれ絶対ティシ気づいてないでしょ」
「え、気づいてたよ。目の前でプチッて音したもん」
ティシが苦笑しながら答えると、ウルは「うそ、恥ずかしっ」と枕に顔を埋めた。
その隣でネイトが濡れタオルを首にかけ、静かに座っていた。
「今日ので分かったけど、この分隊、思ったより粒揃いだね」
「ネイトも十分やばかったよ。あの投げ、教官も驚いてたし」
アレクトが親指を立てて言うと、ネイトはわずかに口角を上げた。
しばらく他愛もない話で盛り上がった後、1人また1人とベッドに沈んでいく。灯りが落とされ、部屋は他の3人の寝息に包まれていった。
ティシだけは、まだ眠れずにいた。ベッドに横になり、天井の木目をぼんやり眺める。今日1日、何度も見た光景が瞼の裏で繰り返される。アレクトの速さ、ウルの正確さ、ネイトの冷静な捌き方——みんな、当たり前のように何かを持っていた。
(私だけ、何もない)
「ティシ、まだ起きてるの?」
暗闇の中、アレクトの声がした。寝返りを打って、こちらを見ているようだった。
「あ、うん。ちょっと目が冴えちゃって」
「今日の訓練、考えすぎ?」
図星を突かれ、言葉に詰まる。
「……ちょっとね。みんな、なんかすごいなって」
「ティシは今日、何もできなかったわけじゃないでしょ。カリスも別に怒ってなかったし」
アレクトは布団の中から手を伸ばし、ティシの布団の端をぽんぽんと軽く叩いた。
「大丈夫、ウチが保証する。ティシは絶対、そのうちすごいことになるよ」
根拠のない、いつものアレクトらしい言い方だった。それでも、なぜか少しだけ胸のつかえが軽くなった気がした。
「……ありがとう」
「どういたしましてー。ほら、もう寝な寝な」
そう言うとアレクトは、すぐに寝息を立て始めた。
(っ…痛い。頬の傷がまだ痛むな。鎮痛剤でも飲んでおこう)
ティシはベッドの横にある鎮痛剤を取り出し、飲み込んだ。
古傷の痛みは昔からよくあることなので、特に気にしなかった。
窓の外では、月明かりが静かに宿舎を照らしていた。ティシはその光を見つめながら、いつの間にか眠りに落ちていった。




