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ウルの救助が間に合ったことに、その場の全員が胸を撫で下ろした。ネイトはウルの体を支えながら、何度も「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせるように呟いていた。だが安堵している暇はない。カリスの指示で、気を失っていた男二人は手早く縄で柱に縛り付けられた。太い縄が軋む音が、狭い部屋の中に妙に大きく響いた。
やがて意識を取り戻した二人は、状況を理解した途端に顔を青くした。額に脂汗を浮かべ、目だけがせわしなく五人の顔を行き来している。
「さて、聞きたいことがある」
カリスは片膝をつき、二人の顔を交互に覗き込んだ。低く、抑揚のない声だった。その静けさが、かえって恐怖を煽っているようだった。
「なぜウルを誘拐した」
男たちは一瞬顔を見合わせたが、抵抗しても無駄だと悟ったのか、観念したように口を開いた。
「せ、背が高くて体つきのいい女は、高く売れるんだよ……。それに、その白髪に青い目は珍しい。もっと高値がつくと思ってな……」
ウルは自分の髪をひと房握りしめ、唇を噛んだ。指先がかすかに震えている。ネイトがそっと背中に手を置いた。何も言わず、ただ体温を分け与えるように。
「次だ。この街の情報屋の居場所を知っているか」
カリスが持っていた写真を見せた
「……知ってる」
一人がぼそりと答えた。
「あのガキの兄貴だ。名前はターデだったかな。顔が似ているだけで、ここにはいねぇよ」
「そのガキとやらを、ここに呼べ」
カリスの言葉に、二人は揃って首を横に振った。
「それは無理だね」
頑なな拒絶に、カリスの目つきが変わった。何も言わず立ち上がると、片方の男の襟首を掴んで無理やり立たせ、拳をみぞおちに叩き込んだ。鈍い音とともに、男は膝から崩れ、床に転がって呻いた。呼吸すらまともにできないのか、胃の中身を吐き出しそうな声が漏れる。
4人は目を逸らし、アレクトはティシの服の裾をそっと掴んだ。
「次は容赦しない。両方殺す」
淡々とした声だからこそ、脅しには重みがあった。カリスの目には、一切の迷いがなかった。
しばらくの沈黙のあと、倒れたままの男がもう一人に向かって小さく頷いた。二人は口を揃え、一定のリズムで口笛を吹き始めた。
——ピィ、ピィ、ピィ。
湿った空気の中に、その音だけが規則正しく響く。しばらくすると、五人が入ってきたあのドアがゆっくりと開いた。蝶番の軋む音に、全員の視線が一斉にそちらへ向いた。
顔を覗かせたのは、あの誘拐に加担した子供だった。最初は無邪気な笑みを浮かべていたが、柱に縛られた二人の姿を見た瞬間、その表情がすっと消えた。まるで別人のように、瞳の奥が昏く沈む。
「――っ!」
小さな体で床を蹴り、拳を振りかざしながら五人へと突っ込んでくる。だがその一撃は、カリスの足に軽く蹴り飛ばされ、子供は壁に叩きつけられた。鈍い音とともに、体が床に崩れ落ちる。
「確かに兄貴と顔がまんま同じだな。口元のほくろの位置が逆なのか…。まぁいい兄貴はどこにいる。正直に言え」
カリスが荒い口調で詰め寄る。子供は口を固く結んだまま、床に座り込み俯いた。何を聞いても答えない。両手をきつく握りしめ、震える肩がすべてを物語っていた。
苛立ちを隠せなくなったカリスが拳を振り上げたその瞬間——
「やめて!」
ティシがカリスの腕を両手で掴み、力の限り引いた。腕にしがみつく自分の手が、驚くほど冷たいことに気づく。
「……まだ、子供なんだよ。そんなことさせちゃダメ」
カリスは一瞬、驚いたようにティシを見たが、やがて小さく息を吐き、拳を下ろした。抱えていた子供を無造作に投げ捨てるように離すと、そのまま近くの椅子にどっかりと腰を下ろした。
「……好きにしろ」
そう言い残し、視線を逸らした。
それから、ティシはその子供を連れて別室に移った。アレクトとウルは玄関のドアの前で見張りに立ち、ネイトは家の中を静かに調べて回った。カリスはタバコに火をつけ、紫煙を吐きながら柱に縛られた二人の男を監視していた。時折、煙が窓の隙間から漏れる夕日の中に細く漂っていた。
別室は物が少なく大男2人のベットが2つだけだった。埃と黴の匂いが染みついていた。ティシはベットに座り、子供も膝を抱え横に座った。
「……お名前、教えてくれる?」
ティシは努めて優しい声で、子供に話しかけた。
長い沈黙のあと、消え入りそうな声が返ってきた。
「……クラウン」
「クラウン。お兄ちゃんの名前は、ターデでいいの?」
こくり、と小さく頷く。俯いたままの目に、うっすらと涙の膜が張っているのが見えた。
「歳はいくつかな?」
「11歳」
涙が出そうな震えた声で言った。
少し沈黙した後クラウンが口を開いた。
「昔は、一緒に暮らしてたんだ……」
ぽつり、ぽつりと、クラウンは話し始めた。膝を抱えた腕に、爪が食い込んでいる。
昔は兄のターデと両親と、四人で暮らしていたこと。だが自分は兄と違って物覚えが悪く、何をやらせても失敗ばかりで、両親からはずっと疎まれていたこと。約5年前「遊園地に連れて行ってあげる」と言われ、渡されたジュースを飲んだ。甘い匂いだけは、今でもはっきり覚えているという。気づいたときには、見知らぬ路上に一人で眠っていたという。
「それから、ギミとダヒリに拾われたの。あの人たち、悪いことばっかりしてるけど……ご飯はくれるし、家にも置いてくれるから」
膝を抱え、クラウンはそう呟いた。声に、諦めにも似た響きが滲んでいた。
ティシは静かにその小さな肩に手を添えた。手のひらから伝わる体温は、驚くほど小さく、頼りなかった。
「大丈夫。私が何も危害を加えないように説得するから」
さらに話を聞いていくと、クラウンとターデの両親は、この世界で手広くウェブサービス事業を営む社長夫妻らしいということが分かった。夫妻はターデのことを、目に入れても痛くないほど溺愛しているのだという。その言葉を口にするとき、クラウンの声はほんの少しだけ、羨望とも憎しみともつかない色を帯びた。
窓の外はいつの間にか、すっかり夜の色に染まっていた。虫の鳴く声が、壁の隙間から遠く聞こえてくる。
これ以上の聞き込みは翌日に持ち越すことにし、五人はひとまずこの家で夜を明かすことにした。




