第五話 日露戦争
さて、侍従武官長付として勤務をしていた私にはこれまでも幾度となく勅使に立つ機会があった。公家であり侍従武官であったゆえに頼みやすかったのであろうか。
主に内地の神仏が多かったのではあるが、一つ外地へ行った時のことを書こうと思う。
日露戦争が勃発し、外地への勅使と立つに文官は尻込みして行かぬなどというものだから思わず私が参ります、とやったものである。
さて困ったのはロシア語などはわからぬ。日清の折は何事も紙に書けば伝わったものを。と思って居ったら今回は通訳という優男がつくようだ。文官より瘦せたひょろ長い若者である。同行の護兵によくよく守るように言いつけての出立となった。
この若者、話せばなかなか面白い男であった。
いくつか簡単な挨拶などを教えてくれたものだが皆うまく発音できぬ。
それについては笑いもせず、通っていた学校での事を面白おかしく話すのであった。
師団司令部に行く前にと前線となっている連隊へ寄った。
この時砲弾の直撃があり、連隊指揮所の本部員を喪失し見回せば中尉や少尉、兵ばかり。通信兵に師団を呼び出させたが通ぜず。このままでは連隊総崩れとなる。そう判断した私は通信兵へ他の中級指揮官へ通信ができるか問うた。幸いそちらは生きている。
私は中佐である。日清では中隊を率いたことはある。出来るか? いややるのだ。
中級指揮官たるの講義も受けている訓練もしている現役だ。と鼓舞し、通信兵に各級指揮官へすぐさま通達させることにした。
「私は中堂中佐である。連隊本部壊滅のためこれより私が指揮を執る。各級指揮官は戦闘指示を出し連隊本部に出頭せよ。諸君! 今こそ励め!」と。
本部の中尉や少尉らに勅書を預け通訳の後送と報告を頼み後方に下がらせたのちは護兵とわが連隊の時間である。皆獰猛な顔つきをしておる。お前に何ができるのだ? と。
決まっている、反撃だ。猛攻だ。この前線の状態ではそれ以外あるまい。貴君らを無駄に敗走させはせぬ。私が陣頭である! 行くぞ! というわけにもいかぬのが連隊である。敗走するときの路なども周知させねば落伍兵が発生してしまうのだ。
ただ。皆思うところは同じで、殿など決めてのちは突撃、敵を蹂躙してのちの帰営となった。途中からは師団からも兵が出ていたように思う。
私はどうも前線指揮官のきらいがあり直率の途中からあまり記憶はない。どうやら本部直撃の砲弾で傷を負うたのと戦闘中に腕を撃たれていたようだ。
師団司令部へ到着して勅書を読み上げ、傷の手当てを受けて通訳を受け取り帰路となった。護兵は三人失ったが戦とはそういうものだ。
通訳は擦り傷一つで済み懇ろに手当てをさせ、内地へ戻るころには治っていた。若いというのはうらやましいことだ。




