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第二話 優しさ

 次の日、彼は学校を休んだ。

 

 俺はすぐに自分のせいなのではと心配になった。俺の態度が気に食わなかったのかもしれないと…。あの時、俺はどんな顔をして話を聞いてどんな顔して返答していたか、正直分からない。けど、きっと彼にとっては酷い顔をしていたのだと思う。彼はそこまでメンタルが弱そうには思えないが、タイミングがタイミングということもあり、傷つけてしまったのではないかと内心気が気じゃなかった。

 いつも賑やかな俺の隣には彼の姿はないのに、その事が一日中俺の頭のなかでぐるぐるしていていつもより騒がしかった。またみんなの視線を浴びて罵倒されるのではないかと…、俺はずっとびくびくしていた。


 しかしまた次の日の朝、彼は何事も無かったかのように俺の前の席に座っていた。俺は早くこの騒音から解放されたくて、思うより先に口から言葉が出ていた。この時俺は初めて自分から話しかけた。

「あ、あの…!…こ、この前はごめー」

「ブェックション!!!!!」

俺が言い終わる前に彼は大きなくしゃみをしたのでかき消されてしまった。俺が驚いて固まっていると鼻を啜りながらこちらを振り返った。

「あ、おはよう!ごめん、何か言った?」

俺が初めて勇気出して声をかけた言葉はこいつのくしゃみによってほぼなかったことのように化した。

 …そんなことはさておき、先程のくしゃみと顎につけたマスクをみて本当に体調が悪いんだと思った。と同時に昨日休んだのはそのせいで、俺は無関係なのではないかと思う。

「あ、いや、昨日休んでたから、どうしたのかと…」

聞いてしまった。これで俺のせいだったらどうするんだ。それこそ、このクラスいや…この学校での居場所なんて無くなる。まぁ、今もあってないようなものだが。

「あぁ…ちょっと新学期早々風邪ひいちゃってさ。ちょっと寝込んでたんだよねぇ。あ!もしかして僕がいなくて寂しかった?」

自意識過剰すぎるだろ。そんなニヤニヤした顔で言ってくるものだから流石に嫌な顔をした。でも、俺のせいではないらしい。良かったとほっと息をついた。

「え、もしかして心配してくれたの?」

「え…」

心配?俺はただ自分を守るために声をかけ、安堵の表情を浮かべていた。決して彼が心配だったとかそういう訳では無い。そう思うとなんだかいたたまれなくなって本当のことを言おうと思ったんだ。でも彼の顔を見て…言葉が出なくなってしまった。風邪のせいもあるかもしれないが、俺にはどうしても今にも泣きそうな顔に見えてしまった。

 俺が反応に困っていると彼は口を開いた。

「…キミは優しいんだね。」

予想外の言葉に余計頭が混乱する。優しい?誰が?…俺?今までそんな言葉言われたことなんてなかった。初めて人に褒められたような認められたようななんとも言えぬ感覚。

「……そんなことないよ。」

ただそれを素直に受け取れなかったのは今まで言われてこなかった故の疑心暗鬼な心と、本当は自分のための行動だという罪悪感からだったのだと思う。余計に言いずらくなってしまった。

「そうかな?」

彼は顎にしていたマスクを元の位置に戻しながら言った。

「キミがどう思ってるかは分からないけど、相手がどう感じたか、が全てじゃない?」

「え?」

「多分だけどキミが考えているよりずっと人間って単純なんだよ。それにみんな、物事は全て自分中心に回っているんだ。その自覚があってもなくても。」

「……。」

俺は少し顔をしかめた。自分中心に回っているのだとしたら今の惨めな自分は一体何なのだろう。これが俺の望んだ姿だとでも言うのだろうか。

「だってほら。今キミが見て感じているものはキミにしか見えないし感じられないものじゃん?」

「…まぁ。」

「キミはキミが主軸で世界を見てる。そこに君の感情を乗っけたら…ほら!これでキミのナレーション付きの物語が出来る!」

「自分中心ってそういう…」

「そういうこと。この世には数多の物語があるし、ジャンルがある。だから自分中心な人=幸福では無いと思うよ。だっていっぱい物語があるんだもん。鬱展開とかあっても良くない?今この瞬間が起承転結のどこかなのかすら分からないに、物語の終わりなんで誰にも分からないでしょ?」

あまりにもアニメとかでしか聞かないような言葉を言うから驚いた。

「…そういうものなのか?」

「そういうもん!」

まぁでも、あながち間違ってはいないのだろう。人は自分の目でしかものを見れないし、自分の心でしか正確な感情を理解することはできないのだから。

 言い方は厨二くさかったが、彼は俺が思っているよりもずっと大人なのかもしれない。これもアニメの影響なのか、もしくは……。もしくは、彼自身の経験から来るものなのだろうか。いずれにせよ俺にはとても眩しく見えたし、とても羨ましいと思った。きっとこの後の人生において、壁なんていくつもあるけど、クソ喰らえって軽々と飛び越えていける。そんな人間なのだろうと。一人だって、どこへにでも行けるのだろうと。……そう思っていたんだ。


「ところでなんだけど。」

「……?」

「ティッシュ持ってたりしない?」

彼は鼻水を垂らしながらぐしょぐしょになった顔を俺に向けた。

「…えぇ。…あるけど。」

前言撤回。こいつだって俺と変わらないガキだった。そう心の中でツッコミながらポケットティッシュを手渡した。

「サンキュ!」

言い終えるのが先か鼻をかむのが先か。いずれにせよ騒がしい奴だ。

「やっぱりキミは優しいね。」

彼は笑ってそう言う。真正面からそんなことを言われるとやはりどうも小恥ずかしい。

「病み上がりなんだからティッシュくらい持って来ればいいのに。」

彼から視線を逸らすと、照れ隠しのように俺はボソッと呟いた。

「いやぁ〜持ってこようと思ったんだけど。玄関に置いてきちゃったんだよね。トイレットペーパー。」

頭を掻きながらへへへと笑っている。

「…!?トイレットペーパー!?」

俺は思わず口にだす。さっきの恥ずかしさもどこにいったのやら、彼の方に視線を戻す。

「え、箱ティッシュ…とかじゃなくて?」

「うん。トイレットペーパー。」

そんな僕変なこと言いましたかみたいな顔されて言われても。俺は何も言えずにいると、

「多分大量に使うと思って。母ちゃんにじゃあこれ使えって言われてさ。たしかにコスパいいかもしれない!って思ったんだよね!」

「え、あ、そうなんだ。」

え?そうなのか?そんなまじまじと見た事ないから分かんないけど。

「芯引っこ抜いて、内側から使えば結構便利じゃない?好きな量取れるし。」

そんなに目を輝かせてもらってもな…。

「あ、でも昨日自分の部屋で使った時は体調悪いのもあってなんかぐるぐる巻きになっちゃったんだよね。」

何を言っているんだこいつは。自分の部屋…というか家ではティッシュでいいだろ。いやでもちょっと面白いな。目の前でミイラみたいにグルグルになってたら流石に笑うかもしれない。

俺はそんなことを考えていたらフッと息がこぼれた。

「今僕の惨めな姿を想像したでしょ?」

しまったと思ったが、面白いものはどうしようにもない。

「いや、目の前でそれやられたらって思ったらつい…。」

バカ正直に全部言ってしまった。

「いやいや!学校ではそんな事しないし!あの時は体調が悪かっただけで…。」

口をすぼめてぶつくさ反論している。表情がまぁ豊かなので見ていて飽きない。いや別にずっとガン見している訳では無いが。

 そういえばこんなに一度にたくさんの表情を見たのは久しぶりかもしれない。いつもは俺を見るなり怪訝な顔をするか、それか…。あれ?なんだっけ?考えてみれば俺自身もそんなに人の顔を見なくなったんだっけ?俺ってこんな風に人の顔見て話せたっけ?色んな疑問が浮かんできた。

 でも、そうだな。彼は…君は他の人とは違うのかもしれない。なんて、あくまでも原因は俺なのに、他人に要求しているようなことを考える。だが一つ今言えることは…。

「ちょっと何笑ってんのさ。」

「あ、いやごめん。」

「もー…ハックション!!!…あぁもう!」

「はい、ティッシュ。」

「ん。ありがと。」

君とはもう少し話してみたいって思ったんだ。

「ブェックション!!!」

「うわっ。鼻水飛ばさないでよ…。」

「…ごべん。」

 …やっぱり風邪が治ってからで。





最近急に暑くなったので、エアコンをつけるかずっと迷っております。

皆様もくれぐれも熱中症等にはお気をつけてお過ごし下さいね。

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