第三話 他愛もない
数日後のある日の昼休み。すっかり君の風邪は治っていた。
俺は本を読み、君はいつものように俺の方を見て話している。実際のところ本を読んでいるのはフリであって、ほとんど君の話に意識を向けていた。とはいえ、オチがある訳でも、濃い話でもない。なんて事ない他愛もない話。昨日見たテレビとか。最近聞いたあの曲が思い出せないとかそういう話。
すると不意に後ろから声が聞こえた。振り返ると、恐らく隣のクラスの女子だと思われる人達が数人いた。視線の先はもちろん君だった。数人は君を見てアイコンタクトを取ると手招きして呼んだ。
「呼ばれてるよ?」
「え?あ、うん。」
君はちょっと行ってくると言い、数人の元へと席を立った。
俺は君がいなくなったので再び本に目をおとす。しかし、さっきまでろくに頭に入ってなかったので、数ページ戻って読み直し始めた。
数行読んだところで、後ろの会話が気になりだした。何やら君に、転校生君…?の話をしているらしい。あとは声色から察するに君がいわゆるイケメンだから声をかけた。そんなところだろうか。そこまではいいのだが、俺はとある不安が過ぎった。
イケメンが何故俺みたいな男と話しているのか…。そういう話題になっていたらどうしようかと。正直今更俺が何を言われようがいつもの事だ。…まぁ、ダメージが無いわけでもないけど。でも、俺が原因で俺と仲良くしてくれる人にまで二次被害がいくのは話が変わってくる。なんであんなのと一緒にいるの?なんて言われた暁には、きっと罪悪感で死にそうになる。
そうだよな。本来俺なんかと関わる事のないような人種だもんな。君は。一人そう思い込み、読んでいた本をめくる手が止まる。これも俺の悪い癖だ。勝手に被害妄想して、勝手に落ち込んで…。考えすぎなことくらいわかっている。でも、可能性がゼロな訳でもない。こんなこと考えたって意味なんかないのに。やめようやめようと思っていても、ふと無意識に考え出してしまう。俺の脳内はいつだって悲劇のヒロインみたいだった。
しばらくしてふぅと言いながら君が前の席に戻ってきた。結局俺は1ページたりとも読み進めるとはできなかった。
「…なんかあった?」
そんな俺を察したかのように聞いてくる。心を見透かされたようでドキッとした。自分で言うのもなんだが、俺は比較的表情が乏しい人間だ。感情だってあまり表に出さない。というか出せない。
「え、あ、いや…。別に。何も。」
こんなこと誰にも言えるわけない。俺は歯切れの悪い返事をした。君はそう?と言ってそれ以上は何も聞いこなかったので、内心安堵していた。
「さっきの、友達?」
少しの沈黙の後、なんだかいたたまれなくなって聞いた。
「ううん。初めて話した。」
てっきり前のクラスで仲の良かった人達なのかと思っていた。というか初めてなのにちゃんと喋れるのが凄いな。雰囲気的に本当に友達なのかと思った。…そういえば君は他のクラスに友達はどうしているのだろう?このクラスになってからずっと俺とばかり居るけど、話に行かなくていいのか?俺は凄く疑問に思った。
「そう言えば、他のクラスにとかに行かなくていいの?」
俺は脈略もなく唐突に聞いてしまった。
「え?他のクラス?なんで?」
案の定君は困惑している。
「いや、友達とかクラス離れたんじゃないかと。」
「え?あぁ!そういうこと!?」
君はわざとらしく掌の上に拳をポンとやった。
「僕、今年転校してきたから、この学校で話したのはキミが初めてだよ?」
…ん?転校?え、じゃあ殺気聞こえてきた転校生って君のこと??え、でもそんなこと一言も…。
「あれ?知らなかった感じ?一応自己紹介で言ったつもりだったんだけど。」
「自己紹介…」
思い出した。いや、正確には自己紹介のあの時間についてだが。俺はあの時、嫌な奴と嫌な担任に気を取られて、他の人の自己紹介なんて全く頭に入ってこなかった。そりゃ知らないというか覚えていないわけだ。
「ごめん。全然聞いてなかった。」
「んはは。そんなことだろうとは思った。」
君は笑ってそう言う。俺はなんと言ったらいいのか分からなかった。
「ねぇ、今日の放課後暇?」
「え?」
君はまた突拍子もないことを言い出した。今度こそ何かされるのではないかと不安がよぎる。だがあまりにも目を輝かせてこちらの返答を待っているものだから、押し負けるように返事してしまった。
「まぁ、少しなら…?」
「やったー!」
あまりにも無邪気に喜ぶものだから先程の心配も段々と薄れてきた。
それから君はいつも以上にずっと上機嫌だった。対して俺は、一体何をするのだろうとずっと考えていたので、あまり授業に集中できなかった。
放課後。君は今日の日誌とかを先生に出してくるから少し待っててと俺に告げた。どのくらいかるのか分からなかったので、ベランダの方をぼーっと眺めていた。桜はもうとっくに散ってしまっている。廊下側の席からでは窓の外の景色など良く見えたものではない。ただ天気が良い事だけは分かる。たった一人の教室で、俺は風に揺れるカーテンをただ見つめていた。
ちょうど良い気温と窓から吹く風が心地よくて俺はウトウトしていた。
「ごめん!待った??」
君の声にびっくりして振り返る。
「え、や、そんなに。」
「ほんと?意外と時間かかっちゃってさ。」
君は窓から入る風に気づいたのか、ベランダの方を見る。
「…あ、日直戸締り忘れてるね。」
「……今日の日直って君じゃなかった?」
「あ」
二人して顔を合わせると思わず笑みがこぼれる。今さっき日誌出してきたくせに。日誌には放課後やることのチェックリストのようなものも含まれている。まぁつまり嘘ついたことになる。
「先生が来る前に急いで閉める!!」
君は慌てて窓を閉め始めた。ちょっとその様が面白かったので、俺は手伝いはせずにただ見ていた。
最後にベランダの扉の鍵を閉め終えると、君は安堵しながら自分の荷物をまとめた。
「今度こそお待たせ。行こ!」
そう言われると、行き先も目的も何も分からないまま君の後について教室を出た。
誰かと一緒に下校するなんて、小学生の集団登校以来だった。友達がいなかったのということもあるが、俺のコミュニケーション能力があまりにも低かった。自分から話題を振ろうにも何を話したらいいのかわからなかったし、あの謎の沈黙に耐えられなかった。だからといって別に誰かと帰るのが嫌とか、そういう訳ではなかった。ただ、一人の方が楽だったから。それだけの事だった。
けれども君は一方的に話しかけてくるので、俺としては気は楽だったし、全然嫌な気もしなかった。むしろ今まで独りだった俺が、初めて同じ社会に溶け込めているような、そんな感覚だった。
「着いたよ!」
そう言われて顔を上げれば、少し学校から離れたところにある公園だった。
「公園?」
「そう!ここ僕のお気に入りなんだ。」
そう言いながら君はブランコに腰をかけた。
俺もこの公園には来たことがあった。周りは団地に囲まれていて、ちょっと…無駄に広い。かといって遊具はブランコと鉄棒くらいしかない。走り回るにしても、芝生ではなく、一面砂利なので俺は何度か転んだことがある。砂利なので、転べば膝とかを怪我をする。今はもういないけれど、まだ小学生に上がらない頃に良くおじいちゃんに連れてきてもらっていたなと、懐かしい思い出が蘇る。と同時に少し虚しさも感じていた。
気づけば君は隣のブランコを指さし、俺に座るよう促していた。俺は少し足早に向かうとブランコに腰をおろした。すると君は満足そうにブランコを漕ぎ出した。
暫く無言で漕いだあと、君は話しかけてきた。
「ここ団地に囲まれてる割にはあんまり人いないんだよね。」
君はブランコを足でザリザリと止めながら言った。
「でもこういう静かなところ結構好きなんだよね。」
俺は足を地面につけたまま、小さくブランコを漕いで黙って聞いていた。
「僕、東京の方から来たんだけど、あっちは人が多いところが多くてさ。東京って言ってもみんなが想像するような大都会!みたいな所じゃないんだけど。」
珍しく君が少し……なんて言ったらいいのだろう。上手く言葉に出来ないけど、こう…悲しんでる?ように見えた。
「だからこういう感じが、新鮮でなんかいいなって!」
ニパッと笑う君はいつもの君だった。俺の思い違いだったようだ。自分が悲観であるあまり、他の人にも無意識にそれを押し付けていたのかもしれない。
「何もないけどね。」
「たしかに!無駄に広いよね。」
君は笑ってそう言う。
すると急に立ち上がった。
「よし!せっかくだからちょっと走らない?」
マジか。本当にいつも唐突だなと思う。でも俺は足なんて速くもないし、転んだら最悪だ。
俺が立ち上がるのを躊躇っていると、
「いいからいいから!」
そう言って君は僕の腕を掴み多少強引に立ち上がらせる。えぇと言いながらも俺は君に連れられ公園の端の方まで歩く。
端まで着くと、荷物を近くのベンチに置き、君は足で地面に線を引いた。走りにくいからと二人で学ランを脱いで荷物の上に置く。
「こっからあっちの端っこまで!先に着いた方が勝ちね!」
いや長ぇよ。50m以上はあるぞこれ。でも転びたくないし、どうせ足遅いからな。転ばない程度にゆっくり走ろうと思っていた矢先だった。
「負けた方が勝った方の言うことひとつ聞く!ね!」
「は、え?」
こいつの事だ、きっとろくでもないお願いしてくるに決まってる。それじゃあ負ける訳にはいかないじゃないか。でも足遅いし…勝ち目あるのか?いや、こいつの足の速さが意外とそうでも無いのかもしれない。とか色々考えていた。
「よーい!」
腕まくりをした君がそう叫ぶから慌てて俺も構える。もうなるようになれ!そういう気持ちだった。
「ドン!」
俺は全力で走り出した。案の定君の方が足が速い。置いてかれまいと必死で食らいつく。もう目を瞑ってただひたすらに前へと。だがふと目を開けた時、君が視界から消えていた。は?と思いながら後ろの方を見ると転んでいた。結構盛大に。え?顔面からいってる?俺は速度を落とし声をかけようとした。が、その瞬間君は勢いよく顔を上げて立ちながら走り出した。
「うらぁぁぁぁあ!!」
「うわぁぁぁ!」
君は雄叫びを上げて追いかけてくる。俺はびっくりして慌てて逃げる。もう勝ち負けというよりも、恐怖が勝ってしまった。その時、俺は人生で一番速く走れたと思う。
ゴールまで一歩のところで俺も砂で滑って転んだ。幸い目の前にフェンスがあったので間一髪のところで耐えた。その後すぐに君もフェンスにガン!と捕まった。お互い息が切れていてハァハァと肩で息をしている。
「…勝っ、た…?」
俺はボソリと呟くように言った。それに続くように
「負けたぁぁぁ!」
と君が叫んでその場に倒れ込む。
その後しばらくして息を整えると、俺は君の方を見た。制服のズボンは膝の当たりが白くなっている。
「うわぁ…。」
顔を見ればおでこと鼻のあたりから血が出ている。よく見れば肘も赤くなっていた。
「傷だらけだけど痛くないの?」
「え、めっちゃ痛い。」
俺が聞くと君は何故か笑って答えた。幸い近くに水道があったのでそこまで連れていくことにした。肩を貸そうとしたが、一人で歩けると言い、俺は少し心配しながら後ろを歩く。顔や肘の砂を洗い流すと、スボンをめくり始めた。すると膝もだいぶ出血しているようだった。君はずっとヒーヒー言いながら水で洗い流す。
「痛そう…」
俺の心配をよそに君は、
「でも、制服破けなくて良かった。」
それはそうかもしれないけど、もう少し自分の心配したっていいのになと思った。それとも俺に気を使っての発言なのだろうか。
「こんくらいでいいか。」
蛇口を閉めて手の水をパッパと払う。
俺は君がまた転ばないか心配しながら二人で荷物の元へ戻った。君はベンチに座って荷物を漁り出すと絆創膏を取りだし両肘と両足に貼り付けた。
「鏡とか持ってない?」
「いや、持ってない。」
「だよねー」
そう言うと君は俺に絆創膏を差し出し、前髪を上げた。
「ごめんだけど、貼ってくれない?」
「え、あ、うん。」
俺は戸惑いながらも慎重に絆創膏を傷口に近づける。
「失敗したらごめん。」
「全然大丈夫ー。」
鼻の上辺りとおでこに絆創膏を貼った。
「ごめんちょっと斜めかも。」
「大丈夫大丈夫!ありがと!」
そういうと、君はまた明るく笑った。
しばらくベンチに座って他愛もない話をした。気づけば空はオレンジ色に染まっていた。
「そろそろ帰るか。」
君はそう言って立ち上がると、荷物を背負って支度を始める。あぁもうそんな時間かと、俺も学ランを着て荷物を背負う。
二人で少し歩くと、T字路で足を止めた。
「あ、俺こっちだから。」
「うん。じゃあまた明日!」
そう言って君は手を振り少しずつ歩みを進める。俺も小さく手を振り返すと、君は納得したかのように前を向いて歩きだした。学ランは脇に挟み、上機嫌に帰る君のリュックから少し見える背中は砂で汚れていた。
先日電車に乗っていたら、目の前でスマホを席に置き忘れて降りようとした男性がいまして。(私はこの時スマホを忘れてる事に気づいてませんでした。)私の隣にいた男性がガッと肩を掴んでお兄さん!と言いスマホを渡しておりました。そのあと、二人は熱い握手を交わすとお兄さんは満足気に電車を降りていきました。
優しい世界…。プチドラマを見せてもらった気分です。




