ep.681 中国文化に毒されず、独自の文化を築き上げた日本
2026年3月29日
●日本文化は韓国のパクリである……これは本当か
韓国の教育は酷いものだ、日本を下に見よ……みたいなものだから、日本が可哀想とは言えないな、逆に本当の意味での教育を受けさせてくれない韓国の子らこそが可哀想だ。
反日文化を教え込んでおきながら、韓国の文化は教えてやらない、歴史だって改竄されたものしか教えてこなかった。
韓国の文化は「毒舌自家中毒症」に罹患している。特効薬なんてできはしない、もう手遅れだ。これからの韓国は、自らの反日文化で首を絞められるように、世界から見捨てられながら衰退するしかなかろう。
韓国の歴史的な書物は、過去を捨て去った韓国人が、もう誰でも読めるような代物ではない。なんだか本末転倒を通り越して呆れるばかり。
●本当の意味で「日本の学問」は、菅原道真公によりなされた
以前、日本語はどうして中国語とならなかったのか、疑問に感じたと書いていた。覚えてある方は皆無だろうが、あんなに漢字と読みを輸入していたんだ、言葉だって輸入されていても不思議ではない。
前座で粋がるのも無粋だ、粋るな!! と言われそう……。このような文章に「粋るな」と書けば意味不明に陥りそう。だから「粋るな」は誤りなんだ。
さて、前座で荒れる前に本題へと進みます。
春の花は……奈良時代までは梅と橘だった。今のように桜一色となったのは平安時代から。ではどうしてなのか? 理由は三つほどありまして、一番は……あの菅原道真公の一言が発端となったものである。
橘……柑橘類の総称ではないが、いち早く中国の文化として伝わってきた植物だ。謂われは……不老長寿の樹として伝わった。中国は絶えず不老不死の妙薬を探していた、竹取物語でその片鱗が窺われる。
橘は常緑樹の域を超えているのか、葉が落葉しないのだから不老不死の樹として崇められ、併せて梅も春を知らせる花として中国より伝わってきた。
中国の文化は「遣唐使」の派遣によって日本が取り込んできた。その遣唐使は暫く途絶えていたんだが、それを復活しようではないか、と宮中で決まった。
そこに菅原道真公が、
「ちょ~っと待った~、中国に朝貢する意味が判らない。なんで中国に属するような事をしなければなないのか。即刻中止してしまえ!」
「おぉ……菅原道真公がそう言われるのであれば、儂らも賛成いたす」
これにより日本文化は中国の影響をうけずに独自に発展していく。あのまま中国の影響を受け続けていたら? 今は漢字の文化になっていたのかも知れないのだ。
もう一つは、平安時代の都……紫宸殿が火災に遭い、梅も橘も燃えて無くなってしまった。紫宸殿は中国の文化を模して造られていたから、これで中国の文化とも……おさらばよ。
よって、梅に替わって桜が植樹されたんだ。
ま、和歌が流行りだしたのが一番大きいのは間違いない。暑さを嫌う桜が咲き出した……と考えたら日本の気候が安定してきた時代なんだろうね。ここがポイントかな。
●その後、紫宸殿が再建される際、左近の梅の代わりに植えられたのが桜でした
(右近の桜と左近の橘の意味とは?由来や配置、雛人形との関係を徹底解説より)
なんでこのような文章を引用したのか?
左近の梅の代わりに植えられたのが桜
よって、梅に替わって桜が植樹されたんだ。
う~ん漢字が違う。……これか? 上が「取って代わる」であり、下が「入れ替わる」である。さて、「車を買いかえる」の「かえる」は、漢字はなんと書けばいいのか。だ~から~人以外で「取って代わる」を使うのは妥当ではない。
本当に菅原道真公の一言で日本文化が出来上がったのだ、やはり声高に「学問の神さま」だと囃し立てていい。しかし……飛び梅と菅原道真公……なしてな? これこそ歴史を知らない後世の人々が太宰府天満宮を梅の都に作りかえてしまったか。本当は山桜の都として大成していたのでは?
自然の山桜はどれもこれも同じ花の色はしてない、遠目に見る山の桜色は白に見えるも、新芽が赤芽だから合せてピンクに見えるようだ。新芽の芽吹きと同時に花が咲くのが山桜の特徴だといえる。
●飛び梅と菅原道真公の関係は……こじつけだった?
菅原道真公が左遷されるまでは、庭に植えていた「梅の木・桜の木・松の木」を愛でていた。飛び梅と菅原道真公の関係は十五世紀になってこじつけられた。
菅原道真公を厭う気持ちが高じて……憎ければ桜もまた憎し。切って終え!! また、飛松伝説もあるから面白い。きっと誰かが売り払ったものかな?
どうも菅原道真公は……
梅と桜と松の苗木は持って出たらしいが? 桜の苗木は途中で枯死してしまったんだろうね、持ち出したとは紹介されていませんでした。
厭う……元は人を嫌いに思う漢字として生まれたが、後世になって「世を嫌う」ような意味合いにされてしまった。平安時代の事だから「厭う」と書いても間違いではありません。また、想いの念を「波」と書いていた用法も現存しているが、文章に書き表すだけだから今の若い人には解らないかな。




