ep.583 干し魚……焼くだけが調理ではない……視点を替える
2026年1月5日
●憮然とした天麩羅定食
落胆することを憮然と言うが、仕事で出張の帰りに山*市の天麩羅店に入った。夜は多くの客で混雑しているような人気店だ。入って食べれば憮然とした天麩羅定食だった。ま~店主が見立てた雑ぜ混ぜの天麩羅の具材はそれぞれだから文句も言えない、黙って……二度と来るものか!
客は何を喰わされているのか……二度と行くものか!!
「視点を変えれば」の「変えれば」は、やはり「替える」の方が正しいように思えて来た。見ていた燕を雉に取り替えるのだから、視点とは視線の先のモノなんだと考えれば納得ができよう。己の目や考える脳を変えることではない、よって以後は「替える」と書こう。何、絵踏もあるから大丈夫さ!
もう一つ、立場を入れ替えて物事を視る、のも視点を替えるとなろう。
天麩羅定食の具材……スーパーの売れ残りのシシャモだった。干し魚は焼いて直ぐに齧り付く方が美味い。
仕事で往復している峠の蕎麦屋の天麩羅は、裏庭にあるような具材に、これまた憤りを感じた。蕎麦と天麩羅の盛り合わせに¥2500はないだろう。二人で¥5000も出せば……美味しい定食は食べさせて頂ける……筈、もはや幻想でしかない。
玄関前にあるシャクナゲが好きだった、それで萎れていたから「水をやって」と言えば「言っておきます」と言うではないか。己は暇をもてあまして新聞を読み、調理される方は……わぉ~お婆ちゃん??
白身の魚は無かった、エビ・イカ・その他野菜……二度と行くものか!! 案の定シャクナゲは水を貰えずに枯死……お店は閑古鳥が鳴き時期に閉店した。一見さんだけの商売は続かない。
この村には他にも大きなシャクナゲの木があるも枯死していたから、四年前……既に渇水の予兆が出ていた。
仕事を探してあちらこちらへと行けば目に付く大きな看板……天麩羅定食に、視線は向けど気は向かず。




