第九十二話 森の中へ(矢島玲香)
「レイカ殿! もうすぐ追いつくで御座るぞ!」
「は……はい……もう少し……ですね……」
「しっかりするで御座る! もうすぐ戦わねばならぬので御座るぞ!」
私達は馬車の後方……百メートルほどにまで接近することが出来ていた。
あと少しで追いつける。そんな距離だ。
正真君を絶対に取り返したいという気持ちは揺らがないけれど、その前に一つ重大な問題があった。
「うう……頭がくらくらする……でも、正真君の為なら……うおえぇッ!!」
「レ、レイカ殿!? 大丈夫で御座るか!? 女子がそのような声を出してはいかぬで御座る!」
すっごく気持ちが悪い。
このお馬ちゃんの急加速のせいで内臓全部がミキサーでグシャグシャにされたような感覚だ。
ヒールを自分自身にかけて治したかったけれど、馬上でそんな余裕は無かった。
それに……もう、敵も私達に気付いてしまったみたいだから。
「む!? 奴ら、あの森の中に逃げ込む気で御座るぞ!」
「そうです……ね。見失わないように……もっとスピードを上げなくちゃ……」
「無理をなさるな。お主の気持ちは分かるが、今は忍耐が肝要で御座る。ここで焦って飛び出してしまってはお主は本当に戦えなくなってしまうで御座る」
「うッ……、で、でも……」
「そのような体調では戦えぬで御座るぞ。拙者らは……勝たねばならぬので御座るからな」
シャドウさんの言う通りだった。
私のせいだとばかり考えて、焦ってしまっていた。
戦うと、正真君を絶対に取り戻すと私はこの人に言ったんだ。だったら……その力を蓄えなければならないんだ。
そんな大事な事にも気付けなかったんだ……私……。
「しかし急がねばならぬのもまた事実。レイカ殿、見失わないように速度を保つで御座る」
「はい……! 分かりました」
決意を改めて固めたことで、少しだけ体調が良くなった気がした。
眉を吊り上げ、馬車を睨む。明らかに私達が近付いてから馬車は速度を上げた。
あの森の中に入って何をするつもりかは分からないけれど、もう突っ込むしか選択肢がない。
「森の中に入った……!」
「うむ。警戒されよ、レイカ殿。この先は……何が起こるか分からぬで御座る」
「シャドウさんこそ……その、体は……」
「拙者の心配は不要で御座る。ただショーマ殿を連れ戻す事にのみ集中するで御座る」
シャドウさんは何ともないように振舞っているけれど、時々背中をさするような仕草をしていた。
馬車はもうすっかり森の中に入ってしまい、もう外側からは馬車の姿を見ることが出来なくなる。
いよいよ……その時が近付いていた。
これから先は敵からの不意打ちに警戒しなくてはならない。神経を集中させ、全方向を警戒して……私達も森の中へと踏み込んだ。
「「……」」
森に入ってから、私とシャドウさんは一言も言葉を交わしていない。
馬車の姿はまだ見えている。けれど視界の悪い森の中だ、何か仕掛けてくる可能性は十分にある。
徐々に詰め、馬車の姿はどんどん大きくなってきた。
あと少しで、追いつける。
そう思った時、馬車の扉が開き――弓矢を構えた男が上半身を出した。。
「!!」
「左右に分かれるで御座る! レイカ殿!」
シャドウさんからの指示が飛ばされると同時に、男は弓矢を構えて私達に矢を放った。
よく見ると、反対側の扉からも一人顔を出して私達を狙っていた。
「魔法が来ます! シャドウさん、躱してください!」
瞬時に判断を下す。
反対側の男は矢を手に持ってはいない。
それなのに顔を出したという事は……それしかなかった。
「ッ……!!」
「レイカ殿! 無事で御座るか!?」
「大丈夫です!! でも、まだ来ます!!」
私の予想通り、反対側の男は魔法で風の刃を形作って攻撃してきた。
弓矢と風の刃、その二つの攻撃が次々と私達を襲い、馬車から遠ざけようとしている。
でも、このお馬ちゃんは思った以上に私の事を信頼してくれていたらしい。
咄嗟に手綱を握っても、その通りに動いて矢と魔法を避けてくれた。
「あ、ありがとうね!!」
「ブルルッ!!」
私の気持ちをもうすっかり分かっているのか、お馬ちゃんは嬉しそうに鳴いた。
そのお馬ちゃんのおかげで……私は徐々に馬車に近付けていた。
「もう少し……!!」
けれど、近付くにしたがって敵の攻撃も激しくなる。
あと少し、あと少しと思ってもその距離を詰めることが出来ない。
「う……! もうちょっとで魔法が届くのに……!」
「レイカ殿! 魔法で奴らの目を眩ませることは出来るで御座るか!?」
「何をするつもりですか、シャドウさん?」
「拙者が一気に近付き、車輪を破壊するで御座る! レイカ殿、頼むで御座る!!」
「シャドウさん!? く……! 分かりましたよ! やってやりますよ!」
シャドウさんはそれだけ言って、一気に馬を加速させた。
腰元の剣を引き抜き、ただ馬車だけを見据えている。
何をするのか説明されていないし、分からなかったけれど、私はただその背中を信じて従う他無かった。
「セークリッドフォース!!」
「ぐうあッ!?」
「な、なんだ!?」
聖なる光線を馬車に向けて放つ。
勿論、射程距離は足りないから攻撃は届かない。けれど私の目的は目くらまし。
光線は一瞬だけ馬車上の男達からシャドウさんの姿を隠すことに成功した。
「いけますよ! シャドウさん!」
「うむ! 黒式剣術、〈双撃〉!!」
その一瞬の隙をついてシャドウさん馬から飛び上がり、二つの斬撃を馬車に向けて飛ばした。
洗練された技術だと私でも分かるほどのシャドウさんの太刀筋。
そこから放たれた衝撃波は真っすぐに馬車の車輪部分を切断した。
――ガシャアアアアァァァン!!!
車体部分は派手な音を立てて地面を擦れ、その衝撃で馬車を引っ張っていた馬たちも暴れだしたようだ。
部下の一人だろう。操者の男は興奮した馬を制御することが出来ず、馬車の速度はみるみる低下し――そして、止まった。




