第九十三話 ツメの甘さ(矢島玲香)
「ぐああッ!?」
「逃げろッ……!? ひいッ!!」
馬車に乗っていた男手達は相次いで外に投げ出されていく。
操縦していた男は何とか馬を走らせようとしているけれど、車輪の破壊された馬車を牽引することなんて出来ないだろう。
「行くで御座るぞ、貴様ら!!」
着地してすかさず男達に斬りかかるシャドウさん。
敵を目の前にして怒りが抑えきれなくなったのか、今まで以上に荒々しい口調で剣を振るっている。
まるで……鬼神のような強さの前に、男達は困惑しながら逃げ惑う事しか出来ないようだ。
「くそっ!? 何でお前が生きて……」
「ビャクラは何処で御座るッ!? 弟子たちの無念……果たさねばならぬッ!!」
「ウ、ウインド……」
「ビャクラアアァァッッ!! 出てこい!!」
「!? あ……が……」
また一人、シャドウさんは切り伏せた。
するりと力なく敵は倒れ、残るは三人。しかし、何故か外には二人しか姿を見せていなかった。
後一人、馬車の中に隠れいるという事だろう。
けれど、今優先すべきは敵の数を減らす事だ。
ようやく馬車が止まった位置に追いついた私は馬から飛び降り、魔法を唱えた。
「クソッ!! 女を狙え! あいつを人質にして……」
「セイント・バースト!!」
「!? うあああッッ!!」
私を捕まえようと手を伸ばしてきた男を一人、吹き飛ばして気絶させた。
外に出ているのは後一人。
シャドウさんは、既にその一人を追い詰めていた。
「シャドウさん! 後一人です!」
「承知したで御座る! 黒式剣術、〈一閃〉!」
あまりにも速すぎて、剣が瞬間移動して見えた程の光速の薙ぎ払い。
シャドウさんの手から繰り出されたその技は、最後の一人を腕ごと真っ二つに割けた。
「え……あれ……」
敵も反応できなかったようだ。地面に上半身がボトンと落ち、目をキョロキョロ動かして……動かなくなった。
こんな光景は何度も見てきたけれど、未だに人が死ぬ瞬間には抵抗を感じてしまう。
いや、慣れたくなどない。
けれどこの世界……いや、セントラルの試練の時から、私達は死と隣り合わせの日々を過ごしてきた。
やらなきゃ、やられる。その意味を痛感していた。
正真君を取り戻すためなら……私は殺人に手を染める覚悟を持たねばならないのだ。
「……シャドウさん、左右から回りましょう」
「了解、で御座る。恐らくビャクラは中で待ち伏せている筈で御座る」
残るは一人。今回の首謀者、ビャクラ。
壊れた馬車からは未だに誰も出てきていない。シャドウさんの言う通り、私達が覗きに来るのをじっと待っているのだろう。
両側から突入できるように、私は左へ、シャドウさんは右の扉の方へとゆっくり馬車へ近付いた。
「……」
「同時に開けるで御座るぞ、レイカ殿」
無言で頷いた。
扉に手をかける。緊張して、汗が止まらない。
カーテンで隠れてしまって中の様子は分からない。けれどきっと中には正真君と敵がいるだろう。
唾を飲み込み、シャドウさんと呼吸を合わせる。
そして――
――バンッ!!
「正真君!!」
私達は勢いよく扉を開け、中を確認した。
馬車の車体内部、その床に正真君が縛られた状態で転がっているのが見えた私はすぐに正真君を助けようと馬車の中に乗り込んだ。
「ッ……!? 駄目で御座る、レイカ殿!!」
「何でですか!? 早く正真君を……」
そう、乗り込んでしまった。
軽率な判断だった。私は正真君に気を取られ、大事な事を見落としてしまっていたのだ。
最後の敵……ビャクラがいなかった事に。
「はい、可愛い子ゲット~」
「!? あッ……!?」
「レイカ殿! 早く外へ……」
「ヒハハ! もう遅せえ!!」
突如床下が開き、私の足はナイフで切りつけられてしまった。
痛みで床に倒れこむと、目の前では顔中にピアスを開けた男が私達をみて笑っていた。
この人が……ビャクラ!!
「う……!? ああッ……!?」
「おおッ!? 馬車の外に飛んで逃げれるなんてね……傷が浅かったかな……?」
「ビャクラッ!! そこを動くな!!」
「シャドウちゃーん。慌てなくても、俺は逃げねえよ。命令を果たさねえといけねえんだから」
痛みを堪え、馬車から脱出した直後、シャドウさんは馬車をバラバラに破壊した。
正真君に被害が及ばないように配慮はしてくれたみたいだけれど、遂に怨敵を見つけたシャドウさんは今までにないぐらいに怒り狂っていた。
しかしそんなシャドウさんの怒りを受けても、ビャクラは笑みを崩さない。
むしろ……もっと楽し気に顔を歪ませていた。
「ビャクラァッ!!」
「ヒャヒャ……! いいねえ、こういう戦いは盛り上がるねえ!! そう来なくっちゃ、シャドウちゃん!」
「黙れ! 弟子の仇、そして拙者を嵌めた報いを受けてもらうで御座る!」
「だけどさあ、あんたは俺に勝てるかな? 特に女の子は……もう動けないしねえ」
「!? レイカ殿!!」
そう。その通りだった。
シャドウさんを助けるために魔法を放とうとしたのだけれど、体が動かない。
声を上げることも出来ず、私はただ言葉にならない声を漏らす事しか出来なかった。
「あ……う……」
「ヒヒッ! ま、俺のナイフを食らったんだ。もう少し深く食い込んでくれたら安心だったんだけど、あれくらいでも十分! しばらくは起き上がれねえ!!」
「貴様ッ……!!」
「そしてシャドウちゃん? あんたもそう長くは動けないんじゃないの? 俺の毒入りナイフを食らってピンピン動けるワケ無いからねえ。高価な回復薬も持っていない筈だし、ヒールで治す余裕はない。てことは……その上位版、”エクスヒール”でしょ?」
「……!!」
まさか、知っていたとは思わなかった。
私達の魔法を、ビャクラは既に掴んでいた。
「この魔法は時間制限があるよな? しかも……徐々に戻ってくるタイプだ」
「ぐ……ぐふッ……!! ビャク……ラ!!」
「一撃でも当てりゃ俺の勝ちだ。それに時間経過でも俺の勝ち。あんたが相手でも、これだけ有利なら俺は負けねえよ」
シャドウさんは苦しそうだ。
もうすぐエクスヒールの効果が切れてしまう時間帯。毒の効果も戻りつつあるのだろう。
もしそうなれば……私達は負ける。
「侮るな……ビャクラ」
「ん?」
けれど、シャドウさんは諦めていなかった。
剣を構え、ビャクラを睨んでいる。
「拙者は……この命に代えても貴様を倒すで御座る! 拙者の”武”……貴様に叩きつけるで御座る!!」
「ヒャッホウ!! 面白くなって来たねえ!! ……なら俺は、命に代えても命令を遂行するぜ。あんたに邪魔はさせねえよ」
シャドウさん対ビャクラ。
睨み合うこの二人の戦いに、私達の命運がかかっていた。




