第九十一話 連行中
久々の正真視点です。
(ん? ここは……)
俺の身体が……いや、床が揺れている。近くで不快な音がガラガラとなっている。
しばし考えて、その音は車輪が回転している音だと分かった。これは……馬車か?
どうして俺は馬車に……乗っているんだ?
記憶が曖昧で、靄がかかったような感じがする。何か大事な事を忘れている、そんな感じだった。
「んご……!?」
口元に違和感。
猿轡……というのだろうか。球状の物体が俺の口に入り込み、閉じることが出来なかった。
慌てて取り外そうとしたが、両腕にも手錠のようなものがはめられていて身動きが取れない。
後ろ手に床に寝転がされ、拘束されてしまっている。そして……今俺の目の前にいるこいつらは……!!
ああ……思い出したぞ、くそったれ!!
「おッ? 起きた? タカサキ・ショーマ」
「むご……んがあッ!!」
目の前には、数人の男たちが見えた。
そしてその中の一人……見たくも無い顔の男が俺を覗き込んできた。
ビャクラ。確かシャドウがそう呼んでいた男は俺が目覚めたのに気付いて愉快に笑っている。
顔中に刻まれたピアスがギラリと光を反射させ、口元にはギザギザの歯が見えた。こいつの拘りなのだろうか、よく見れば喉にまでタトゥーが彫り込まれていた。
「ぐむ!? むぐう……!?」
ビャクラを見て攻撃に移ろうとしたが、すぐに異変に気付いた。
体に上手く力が入らないのだ。全身が痺れ、筋肉がプルプルと震えている。
立ち上がる事すら出来ない。
「ぐ!? ごぐが……!?」
「ヒャヒャヒャ!! 何言ってるか分かんねえよ! まあ、痺れ薬を塗ったナイフを突き刺したのにそれだけ動けりゃ大したもんだぜー。君」
痺れ薬……だと?
あの時、俺の傷口に突き立てたナイフにそんなものが塗ってあったのか。
それのせいでこんな状態に……!!
そこまで考えて、ハッと思い出した。
シャドウに斬られた傷。胸から腹にかけて斜めに通っていた傷口が塞がっているのだ。
きちんと記憶はあるし、服は破けているから斬られたことに間違いはない。だが、今はその跡が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。
「ん? ああ、シャドウちゃんに斬られた跡ならいい薬塗って直したぜ。俺としちゃあ不満なんだけど、生きて連れてこいって言われたからさあ、持たせてくれたんだよね。炎王様が」
「ぐ……がも……」
「それでね? ショーマちゃん。本題なんだけどさあ……おとなしく俺達と一緒に来てくんない? いや、ほんっと、頼むよ」
ビャクラは笑いながら俺の前で手を合わせ、そう言ってきた。
冗談じゃない。どうしてこんな拉致するような連中について行かなきゃならねえんだ。そう口にしたかったが、言葉にできずただ大声で呻くだけになってしまう。
そもそもこいつらはどうして俺を狙ったのか。
理由は分からないが……気になる人物の名は出てきた。炎王。そいつが、俺を狙った張本人らしい。
「本当なら女の子も一緒に連れて行きたかったんだけどさあ、しくじったみたいなんだよねえ。あのゴロツキども。全く……本当に使えねえと思わない? ショーマちゃん」
さっきまでゲラゲラと笑っていたビャクラはそう言って急に沈んだ面持ちになった。
その表情のまま懐に手を入れて――ナイフを一本、取り出した。
その一連の動作の中で、ビャクラは俺から目を離さなかった。
おい、まさか、こいつ……
「ぐむうッ!! んんッ!!」
「ヒヒヒ。カンが良いねえ。そうだな、ちょっと憂さ晴らしに付き合ってくれや。もう一度シビれてもらわねえといけねえしな」
「んん!! んん!!!!
ヤバい。絶対にこいつはヤバい。
そう思っても、体は動かない。ただ俺は――ビャクラのナイフをその身に受けるしかなかった。
「んんん!?!? んむううううううッッッ!?!?」
「あぁ……。やっぱいいなぁ。人刺してる時が一番楽しいや。ま、薬は何個かあるし、頑張ってくれ。ショーマちゃん」
「む……んぐうううううう!?!?」
何度……刺す気だ。コイツ……!!
まずい、死んでしまう。腹を刺し、次には足。その次は腕……激痛が体に走り、腹の奥底から絶叫してしまう。
猿轡が無ければ舌を噛み切ってしまっていたかもしれない。
身を捩って痛みに耐えようとしても……体は動かなかった。
血が体内から失われ、意識が飛びそうになる度に回復薬を使われて気絶することすら許されなかった。
地獄のような時間がその後も続いた。実際はほんの数分程度だったのかもしれないが、俺にとってその苦しみは……永遠に感じられた。
「おっし! ストレス発散完了! あ、コレ塗っといて。お前」
「あの……流石にやりすぎでは……」
「え? いやいや、この仕事は俺に一任されたワケでしょ? で、アイツら失敗したけど、八つ当たり出来ないでしょ? だったらこの子使うしかないじゃん」
「しかし……ご命令はもう一人も捕らえよ、というものでしたよね? この男を連れて行っただけだは我々は……」
「へえ……君、何も気付いてないの? 何で俺がこいつだけ連れてクラクスを出たのか。……ほら、あれだよ」
回復薬を部下の一人に塗られ、傷は塞がった。何とか生きてはいたが、もうピクリとも体を動かせなかった。
何とかビャクラと部下をの会話を聞き取ると、その終わりにビャクラは部下達に後ろを見ろと言わんばかりに首を傾けた。
全員、不思議そうな顔でその指示に従い、馬車の後方の景色を見た。
「……!? ビャクラ様!! 二人、追いかけて来ています!」
「ああ。そうだろ? 目的の女の子と……多分、シャドウちゃんでしょ。しぶといよねえ」
「ど、どうするんですか!? このままじゃ追いつかれて……」
「慌てんなよ。全部、計画通りなんだから。おい、この先に森があったろ。そこまで馬車を飛ばせ」
ビャクラは身を乗り出し、馬を操っていた部下にそう命令した。
それを受けて……馬車の揺れは激しさを一段と増した。
「ヒヒ……さあ、この森で女の子を捕まえて命令達成と行こうじゃない」
ビャクラがそう呟いたのに……俺は、何も出来なかった。




