第八十九話 決意を固めて(矢島玲香)
「こっちの道を通るで御座る!」
今私達は脇道を駆け抜けている。
急がなければ。正真君を取り戻すことは出来ない。全速力で、走り抜ける。
(けど、まだ信じる訳にはいかない)
この人が本気なのだとは感じている。助けてもらった恩も感じている。
けれど、正真君が連れ去られたという言葉が、私の思考を焦らせ、躊躇させていた。
本当にこの人を全面的に信用してもいいのか? もしかしたら……
「レイカ殿、拙者を疑う気持ちは分かるで御座る。しかし……」
そんな私の疑念に気付いたのか、シャドウさんは走りながら私の目をじっと見た。
まるで……”信頼”を求めているかのように。
「拙者も、ビャクラ達に弟子を殺されてしまったで御座る! その無念は果たさねばならぬので御座るよ」
それは、振り絞るような声だった。
悔しさや怒りを堪え、必死に押し殺してひり出した言葉。
その思いには、嘘が無いように見えた。
「だから……どうか、信じてほしいで御座る。レイカ殿はショーマ殿を取り返すだけでよいので御座る。連中は……拙者が斬らねばならぬ」
「まさかシャドウさん、一人で全員相手にするつもりですか!? さっき正真君を連れ去った人数は六人って……」
「その通りで御座る。特にビャクラ……その連中を仕切っている男だけは、拙者の手で殺さねば気が済まぬで御座る」
「無茶ですよ、そんな体で!!」
「拙者のせいでショーマ殿は連れていかれてしまった。レイカ殿、これは拙者の責任で御座る。どうかショーマ殿を見つけたら、逃げてほしいで御座る」
何度言ってもシャドウさんは聞き入れてはくれなかった。
シャドウさんは走り出す前、自分の身体にはビャクラって男のせいで毒が残っていると言っていた。
すぐにヒールで取り除こうとしたけれど、その時間も惜しいと断られてしまっていた。
今のシャドウさんはエクスヒールの影響で動くことが出来ているけれど、毒が消え去った訳じゃない。
体内に残った毒は時間がたてばたつ程に取り除くのが難しくなる。処置が遅れれば……私の魔法でもきっと全ての毒を消し去ることは出来ないだろう。
それが分かっているのに、この人は自分だけ残って戦おうとしている。
それだけは……許せなかった。
「シャドウさん、見くびらないでください。私だって正真君を取り戻す責任があるんです」
「しかし、お主も奴らに狙われているのは分かっておるで御座ろう!? もし戦って負けでもしたら……」
「負けません。私と正真君はこんな所で終わってはいけないんです。二人で帰る、そう約束したから」
自分の拳を開いた。
あの時、あの空間で私達は誓ったんだ。二人で帰る事を、どんな困難でも乗り越えるってことを。
そう誓った相手。この世界で誰よりも大切な男の子。正真君。
彼を取り戻すためなら、私はどんな相手だろうと戦わなければならない。
「私の覚悟はとっくに決まっています。正真君を取り戻した後に彼らが何故私達を狙うのか、それも吐かせなければいけないんですから」
「そう、で御座るか……」
「それに……まだ、謝れていないんです」
「む?」
「喧嘩しちゃったままで……まだ、正真君にゴメンって言えていないんです。このまま喧嘩したままで会えないなんて絶対に嫌なんです」
「ふふ。成程」
「だから、あなた一人だけには戦わせません。正真君を取り戻して、あなたも治す。これが私の決意です」
今度は私がシャドウさんの目をじっと見る。
考えを変えるつもりなどない。私は何と言われようと、戦う。
その感情を押し込めた視線は……シャドウさんに届いたようだ。
「やれやれ、で御座るな。レイカ殿はショーマ殿と同じくらい……いや、下手をすればショーマ殿以上の強者で御座るな」
「まさか。私なんかより、正真君の方がずっと強いですよ」
「戦闘ではそうかもしれないで御座るが、気持ちの面ではお主の方が上回っているで御座る」
「褒めても何も出やしないですよ。……それで、どうなんですか?」
確認。私の意思がシャドウさんを押し切れるかどうか。
「ここまで言い切られては否とは言えぬで御座る。しかし、ビャクラだけは拙者が相手をするで御座るからな」
シャドウさんは、私の決意を承諾してくれたようだ。
凛々しい表情で頷き、笑みを返してくれた。
「分かりました。これで……やるべき事は定まりましたね」
そして私も、真剣に向き合ってくれたシャドウさんを信じることにした。
「うむ。さあ! もうすぐ目的の場所で御座るぞ、レイカ殿!」
「この先……馬車乗り場ですか? ここが目的地?」
「左様。奴らはおぬしらを捕らえた後、すぐに逃走できるように馬車を用意していたで御座る。見えたで御座るぞ! あの赤色の幌の馬車で御座る!」
そこは昨日私達がこの町に着いた時に降りた場所だった。
たくさんの馬車が並んでいる中、一際目立つ赤色の幌の馬車をシャドウさんが指さした。
あそこに……正真君がいる。
そう考えて走る速度を上げようと考えた瞬間、突然その馬車が走り出した。
「えっ!?」
「馬鹿な!? 奴ら、ショーマ殿だけを連れて逃げるつもりで御座るか!?」
急いで追いかけようとするけれど、通行人が壁になって近寄れない。
そうしている内に馬車は速度を上げ……町の外へと走って行ってしまった。




