第八十八話 信じるべきか(矢島玲香)
「む……?」
「あ。ようやく、目が覚めましたか?」
あの路地裏からこの人を丘にあるベンチまで引きずってきた。
見た目以上に筋肉がある男の人だったからここまで連れてくるのが大変だったけれど、私にはそれ以上に気になる事があった。
「お主……ここは? それに、背中の傷が治っている……?」
「私の魔法で治しました。それで、あなたは誰ですか? どうして私の名前を……」
「うッ!? ゲホッ!?」
突然、私を助けてくれた剣士は咳き込みだした。
「ど、どうしたんですか!?」
「ぐ……!! じ、時間が……無いで御座る! ヤジマ・レイカ殿……一度しか言わぬ。よく聞くで御座る!」
背中の傷はヒールで治した筈だ。
それなのに、この人の表情はすぐれない。むしろ……私を助けてくれた時よりも青い顔をしている。
この人の体に何か異変が起こっていることは明白だ。
それなのに、剣士は右手で私を制止して私に何かを伝えようとしていた。
「タカサキ・ショーマ殿が……連れ去られたで御座る……! 次は……お主が狙われている……!」
「!? 正真君が……連れ去られた……!?」
「ガフッ……ッ……!! 拙者の……せい……で御座る。ショーマ殿を……」
「一体どういう事なんですか!? 何で正真君が……!?」
「理由は……拙者にも分からぬ。しかしこうなった以上……ゲホッ……ウゴォッ!!」
話せば話す程、この人は苦しそうになっていく。
今咳をしたかと思ったけれど……口から出てきた液体は、雑草を赤黒く濡らしていた。
「逃げるで御座る! お主一人では奴らには……ビャクラには勝てぬ。ショーマ殿を置いて……」
「な、なに言ってるんですか!? 正真君を置いてなんていけません! 教えてください、今正真君は何処に……!?」
「グ……ガアッ……それ……は……」
駄目だ。この剣士はこれ以上話せそうにない。
何度も言葉が途切れ、胸に手を当てて呻いている。
だけどこんな所で倒れさせる訳にはいかない。正真君の安否が分からない以上、この人から情報を聞き出すしかない。
だから……あの魔法を使うしかなかった。
「エクスヒール!!」
「う……む……? これ……は……?」
「一時的にあなたの身体を治しました。ですが一時間くらいです。それまでに対処しないとまたさっきみたいに咳き込んでしまいますが……、これで、話せる筈です」
「成程……。治癒士、で御座ったか。お主……」
エクスヒール。私が新たに覚えたもう一つの魔法。
ヒールよりも遥かに短時間で怪我や体調不良を治すことが出来るけれど、その代わりに一時間という時間制限がある。
この一時間を過ぎる前に何らかの回復処置を施さなければ、再び傷口が開いたり、症状が再発したりしてしまう。
「それで教えてください。あなたは……何者なんですか? それに正真君は……?」
「拙者の名はシャドウ。ビャクラに利用され……ショーマ殿を連れ去ることに協力してしまった男で御座る」
「!! だったら、あなたは……」
「弟子を人質に取られ……無理矢理戦わされてしまったので御座る。しかし信じてほしいで御座る。こうなった以上、拙者もショーマ殿の奪還に協力させてほしいので御座る」
「ッ……!? そんなの信じられる訳ないじゃないですか!! あなたのせいで正真君は連れ去られたんでしょう!? それなのに協力したいだなんて……、絶対に信じられません!!」
私が間違っていた。
この人を回復なんてするんじゃなかった。
「本気で御座る。拙者はビャクラに弟子を殺され……拙者自身も見捨てられた。仇討ちをしなければならないので御座る。頼む! この通りで御座る!」
シャドウと名乗った剣士はそう言って私に頭を下げた。
地面にめり込むかと思う程、深々と頭を垂れたその姿からは……本気の意思が感じられた。
「……」
私はどうすればいい?
助けてくれたこの人を信じるべきなのだろうか? それに……正真君が連れ去られた事も本当なのだろうか?
知りたい事が多すぎる。けれど、こんな時に一緒に考えてくれる男の子は……今私の隣には居なかった。
「分かり……ました」
だから、信じるしかなかった。
この人の言葉を。この人の意思を。
正真君を助けるために、この人を信じるしかなかった。
「でも、全て話してください。どこに、誰に正真君は連れ去られたのかを」
こんな時、正真君ならどうしただろう。
もし逆の立場で……私が連れ去られていたなら、正真君はこの時どう行動しただろう。
一瞬そんな事を考えた。
でも考えるまでもない事だった。正真君も……きっと同じように答えた筈だから。
分からず屋で鈍感な男の子だけど、友達には……仲間の事は大事に思っている彼の事だ。私でも……いや、きっと知り合いの誰であっても、きっと、この人の言葉を信じた筈だ。
「私もあなたを信じます。だから……私の知りたいことに全て答えてください」
「了解した……で御座る」
「行きましょう、シャドウさん。正真君は絶対に取り返します」
「そうで御座るな。拙者も全力を尽くすで御座る」
顔を上げたシャドウさんの目には、決意の炎が灯っていた。
タイムリミットは一時間。この人と共に、それ以内に正真君を取り戻さなければならなかった。




