第八十七話 不穏な視線(矢島玲香)
しばらく、玲香視点で物語が進みます。
「ありがとうございました」
受付の女性にリストを返して、私は席を立った。
情報屋の相場を確認してみたはいいけれど、やっぱり手持ちのお金では圧倒的に足りなかった。
情報屋によって手付け金は違うし、扱う情報によっても金額が変動する。もしかしたら、私達が求めている魔道具についての情報は相場以上の額になるかもしれない。
それにあの人……私達に冒険者の基礎を教えてくれた人も言っていたけれど、私達はまだ人を見る目が未熟だ。情報屋の良し悪しなんて、私には分からなかった。
「はあ……」
情報屋について知れたのは良かったけれど、目的に一歩近付いたという感じはしなかった。
むしろ、その逆。よく分からなくなってしまった私は、そうやって往来の真ん中でため息を吐いた。
やっぱり、一人で来てしまったのが悪かった。誰かと一緒に居たら、こんな風に悩むことは無いのかもしれない。
今度からは正真君と……
「あ。そういえば正真君はまだ聞き込みしてるのかな?」
あたりを探してみたけれど、正真君らしき人は見当たらない。
少し歩いて噴水のある広場まで行ってみたけれど、やっぱり正真君の姿は無かった。
「もう、こんな時間……」
広場には時計が設置されてあって、お昼をとっくに過ぎている事を私に教えていた。
「お腹、へったなあ……」
朝は正真君が昨日の話を繰り返してたから、焦ってあまり食べることが出来なかった。
誰かに見られていた気がするなんて正真君の考えすぎだとは思うんだけど、しつこく馬車で誰かを見なかったかって聞いてきたから、誤魔化すのに夢中になってしまった。
けれど、私は本当に馬車の外なんて見ていなかったのだ。だって、私は……
「って違う違う!! 今は、何か食べ物を……」
首を振って、今浮かんだ考えを消し去る。
大体、正真君が悪いんじゃない。まさか馬車で酔ってしまうなんて。
それに、この間の発言だって、ちっとも反省してくれないじゃない。あの鈍感男……。
「はあ……何でまた正真君の事考えてるんだろう……私。もういいや、とにかく、何か買って……ん?」
気付けば、正真君の事ばかり考えている自分に辟易していた時、妙な視線に気が付いた。
見られている。他の誰かじゃなくて、私を見ている。――”悪意”の籠った眼差しで。
すぐに頭を切り替えて、視線の出所を探る。
私の勘は正真君のそれよりは鈍いけれど、そんな私でも気付けるという事は……敵は、あまり強くないのかもしれない。
(あの人達かな? 二、三……五人、か)
広場の反対側、ちょうど路地裏に差し掛かる辺りで柄の悪そうな男達が私をじっと見ていた。
粘着質な、下卑た視線。そんな目で見られた事もこれまであったけれど、これだけあからさまなのは初めてかもしれない。
ただ、その男たちはそれ以外に、何故か私を見て嬉しそうにしていた。
まるで……探し物が見つかった、みたいな喜び方だった。
(まあ、いいわ。けど、どうしよう……?)
多分、勝てるとは思う。
五人もいるけれど、私の魔法だったら倒せる気はする。
けど、この町には憲兵もいるのだから、任せた方が楽だろう。
(ううん、でも待って。私達をつけ狙っているのだとしたら……目的は何? もしかしたら……何か分かるかもしれない)
思い立ったら、即決行。それが私のやり方だ。
あの男達が数日前から私達を見ていたのだとすれば、当然それは何か理由があるはずだ。私達は冒険者としては新人だから、お金目当てとかじゃない筈。ならば何故?
憲兵に連れていかれたら、きっとその理由も分からなくなるだろう。
だから少し危険ではあるけれど……人通りの少ないところまで、彼らをおびき寄せて聞いてみるしかない。
(そろそろ……来る)
そして、狙い通りその男達は私の前に姿を現した。
前と後ろに、二人と三人。挟み撃ちだ。逃げることは出来ない。
ニヤニヤとした気持ち悪い笑みを浮かべて、男達は私に話しかけてきた。
「やあ……きみ、可愛いね。駄目だよ、こんな所に一人で来ちゃ……」
「俺達がいい所へ連れてってやろうか? ギャハハハ!!」
「へへへ。ちょっとおとなしくしてくれると助かるんだがなあ? お嬢ちゃん」
視線も話し方も、ねっとりしていて気味が悪い。
けれど、臆してはいけない。大丈夫。私は、この男達よりも強い。
「……誰ですか、あなた達。私に何か用ですか?」
「おお? いい声してるねえ。いいぜ。おじさん、君みたいな子は大好きだよ」
「見ろよ。気丈に振舞ってるけど、ピクピク震えてんぞ!」
「なあ……連れていく前に、ちょっと楽しむのって駄目かな? 俺我慢できそうにねえよ」
「連れていく」か……。どうやら私を拉致する気、みたい。
「馬鹿、出来る限り生かして連れてこいって言われただろ? お前らが遊べば、どんな女も持たねえんだ。金が優先だろ」
「ああ? ケチなこと言うなよ。こんな仕事頼まれたんだ。少しくらい楽しんでってもバチは当たんねえって」
「そう言ってお前、こないだ娼婦ぶっ壊してたじゃねえか。ったく、しょうがねえな。バレねえ程度なら、問題ないだろう」
「ヒュウッ!! やりぃ!!」
「という訳だ。悪いがお嬢ちゃん、捕まってもらうぜ」
この人達、間抜けだ。
いや、それも仕方ないか。五対一。しかも、女が相手だったら油断もするよね。
けど……我慢が出来ないのは、私も同じだよ。
「へへッ!! じゃあ俺がおさわりしながら……」
「セイント・バースト!!」
「!? があッ!!」
ええ、我慢の限界ですとも。
……あなた達の最低な会話を聞くことが!!
「おい! この女、魔法を使うぞ!!」
「クソッ! さっさと動きを……」
「させません! セークリッドフォース!!」
新しい魔法、セークリッドフォースは、直線状の聖なる光線だ。
あの【カナリヤ】のように……後方の三人の男たちを吹き飛ばした。
「よし! 後一人ッ……!?」
「……やるじゃねえか。でも、これで終わりだ」
後は、もう一人だけ。そう思って前方を振り向いたら――既にもう一人は私の目の前に迫っていた。
先程の話の中で、リーダー格だった男。そいつが私に急接近し……腹をけり上げた。
「ぐ……!? ああああッッ!!」
「やれやれ。まさかこれほどの女だとは……油断したぜ。けど、安心しろよ。てめえは俺達が可愛がりながら運んでやっからよ」
「こ……来ないで……」
「ヒヒッ! その顔、最高だ! もっと見せてくれよ! なあ!?」
男は私の顎を掴んで顔を引き寄せてきた。
見たくもない、醜悪な顔が目の前にある。目を逸らしたかったけど、男の力が強すぎて顔を動かすことが出来なかった。
先程の蹴りで、これ以上動くことが出来ない。けど、このままじゃ……私は……
「や……やだ……」
「おい、お前ら! さっさと立て! こいつを袋に入れてずらかるぞ!」
まずい。倒れていた男達まで立ち上がり始めた。
「このアマ……よくもやってくれたなあ? ただ犯すだけじゃものたりねえ」
「ああ。一発殴ってからヤらねえと気が済まねえ」
「ああ? 俺が倒したんだ。一発目は俺に譲れよ。お前ら」
駄目だ。止めとけばよかった。
私はこれ以上、何も出来ない。
(ゴメン……正真君、私……)
諦めて、目を閉じた。
せめて最後に会いたいと願った彼の姿を――
「その子から手を離すで御座る。下衆ども」
何が起きたか分からなかった。突然、私の顔を掴んでいた男が悲鳴を上げ、手を離した。
直後、空気を切り裂くような鋭い音が男達の騒ぎをかき消して……一瞬の静寂を創り出した。
ゆっくり目を開ければ……男達の内、三人が既に血を流して倒れていた。
「!? えッ……!?」
「クソッ!! 誰だてめえ!?」
「やべえよ……おい、逃げるぞ!!」
「何言ってやがる!? このまま逃げたらビャクラの野郎に……!!」
「敵を前にして会話とは、なかなか勇気があるで御座るな」
「あッ……!?」
「ひっ……やめッ……!?」
そして残りの二人も……一瞬の間に切り捨てられた。
「大丈夫で御座るか、ヤジマ・レイカ殿……」
「え? 何で私の名前……」
そこに立っていたのは、黒装束の剣士。しかも、あの男達五人をものの数秒で倒す程の、熟練だ。
だが、その剣士は背中から血を流し、呼吸も荒かった。
そして何故か私の名を呼んだ後……意識を失い、地面に倒れてしまった。
「え!? ちょっと!?」
突然現れた、謎の剣士。私がその剣士の正体を知ることになるのは、数十分たってからだった。




