第七十四話 あの時触れたのは
「……何言ってやがる? お前……?」
「忘れたとは言わせないよ。僕はこの通り肉体が無いにも関わらず、君は二度も僕に触れたじゃないか」
セントラルは俺を見下ろしている。
だが、何の事だ。俺がセントラルに触れた……?
「……! あの時ッ……!?」
ようやく思い出した。
確かに俺は、二度もセントラルに掴みかかっていた。
最初に出会った時、そして最後の試練に挑む直前。
両方とも、俺が殴り掛かりそうになった事でセントラルが動揺したと思っていたが、こいつが本当に驚いていたのは……
「あの時……俺は、確かにお前に触れた……」
「ああ。だけど、二回目はともかく、一回目……最初に会った時に掴まれたのには本当にびっくりしたよ。どういうことなのかな? あの時まだ君は魔法を使えなかった筈だし……」
「どうって……俺が知るか……!」
「君が何らかの能力でも持っているもんだと思って三回目の試練の前に聞いてみたけど、君は何も答えなかったね。今なら、話してもらえるかな?」
そうか。あの時、お前が俺にそう聞いてきたのはそういう事だったのか。
俺に触れられて、こいつは気になった訳だ。その理由を。
だが……本当に、俺自身にも何故セントラルを掴めたかが分からなかった。
俺がそう答えたのを見て、セントラルはやれやれと首を振った。
「全く……本当に分からないのかい? 君ならばもしかしてと思ったんだけど」
「何だよ……? 何かあんのかよ……?」
「君なら、〈魂魔法〉を潜在的に扱えると思ったんだ」
こいつは……何を言っている?
俺が〈魂魔法〉を扱えるだと? こいつと同じ魔法を?
「思い当たる節は無いかな? 例えば、誰かに触れた時にその内部を覗き見たような感覚に襲われた事とかは」
「んな事……!?」
即座に無いと返そうとした瞬間、電流のように記憶が流れてきた。
第三の試練、そこで矢島さんの体内に【赤】が入り込んだ時。
矢島さんを何とか救おうとして彼女の体に触れたら、何か……生命の根源のようなものが見えたんだ。
あれが、まさか……魂、だったのか……?
「ああ。やっぱりあるんだね。なら、君は……間違いない。〈魂魔法〉を使えるよ。それも魔法芽に頼らない、純粋な固有魔法としてね」
「オリ……ジナル……?」
「たまにいるんだよ。才能とか素質とかじゃなくて、純粋にその魔法を持って生まれてくる人間が。やれやれ……僕も、気付くのが遅かったな。まさか僕と同じ固有魔法を持つ人間がいるなんて思わなかったからね」
セントラルは俺の前でその固有魔法とやらと、魔法芽による魔法との違いを軽く説明した。
人間は、魔法芽の発芽によって魔法を使えるようになる。そしてその魔法芽は生涯、その性質を変えない。言い換えれば、自分の扱える魔法は魔法芽によって制限されることになるらしい。
だが時に、そうやって魔法芽に定められた魔法以外の魔法を使える者が現れるという。その人間が扱う魔法、それを敬意をこめて固有魔法と呼んできたらしい。
「何百年か……何千年かに一人しかいないと言われてきたんだけどね。しかも、同じ固有魔法なんて……ああ、初めて出会ったな……」
「……」
だが、今の俺にとって魂魔法がどうとか、固有魔法がどうとかは関係ない。
よく分からないが、こいつがベラベラと喋ってくれたおかげで、少しだけ回復することが出来た。
壁に打ち付けられた矢島さんも、セントラルが話している間に幾分か体力を取り戻せたらしい。目で合図をすると、了解という風に頷いてくれた。
セントラルは、今警戒が薄れている。多分、俺達がもう立ち上がれないと思っているんだろう。
だが、こっちはお前を倒す気でいるんだ。
「バレット・セカンド!!」
「うおっ!? いきなりどうして……」
「セイント・バースト!!」
「ありゃりゃ……。もう回復しちゃったの? 早いなあ……。でも、分かってるでしょ? 僕に攻撃は効かないよ」
弾丸を放ち、セントラルから距離をとる。
矢島さんもその動きに合わせて同時に魔法を使ってくれたが、それはセントラルを驚かせただけだった。
魔法は奴の体を通過し、空しく壁や天井へと当たるだけだった。
「矢島さん! まだ戦えるか!?」
「勿論! 魔力もまだ残っているよ!」
「次はバレット・サードを撃つ! その時間を稼いでくれ!」
「分かった! 任せて!」
次だ。今のでダメなら、もっと強い魔法を撃つ。
諦めてたまるか。こいつだけには負けるわけにはいかないんだ。
矢島さんと協力して……必ず、皆の思いを果たさなくちゃならない!!
「分からないなあ……。何故、勝てないと分かっているのに戦おうとするんだい?」
セントラルは、そんな俺達の掛け合いを見て――ひどく、苛ついているように見えた。
「僕に魔法は効かないし、僕の魔法を防ぐ事も出来ないのはさっき分かったじゃないか。なあ、答えてくれよ。君達は、どうしてまだ戦う?」
「……ずっと、そんなんばっかだったじゃねえか」
「え?」
「試練で戦った敵は、全部そんな絶望的な強さだったじゃねえか。だけど俺達は……それを超えてきたんだ。そして今もただ、超えていくだけだ」
いつだって、俺達はギリギリの中で生き残ってきた。
戦って怪我をして、仲間を失っても……諦めなかった。
以前の俺だったらこの時点で心が折れていただろう。けれど今なら……!
「死んだ皆がここまで繋いでくれたんだ。だったら俺も……それに報いなくちゃならねえ。こんな所で容易く諦めてしまうような男でありたくはないんだ」
「私も……最後まで足掻きます。ただここまで生き残ってきただけなんて、そんなの私が許せない」
再び、決意は固まった。
今度こそ、こいつを倒す。
「いくぞ、セントラル」