第七十話 セントラルの過去 前編
数百年前、僕は魔法を研究する仕事――当時は魔導士なんて呼ばれていた仕事をしていた。
本当は魔導士は魔法を使って命令された仕事をこなすのが役目だったんだけど……僕は結構サボっていたんだ。
ある目標のために。
「セントラル……お前、また変な研究しているな」
同僚からはそう呆れられていたけど、僕は気にする事無く研究に没頭していた。
勿論、本来の仕事は気が向いたらやっていたよ。
というか、僕が出ないと片付かない仕事の方が多かったから、皆僕を辞めさせることが出来なかったんだろうね。
そういう訳で研究を続けて数年たって……ついに、目的の魔法に辿りついたんだ。
「〈時空魔法〉……!! これで……!!」
あの時は、本当に嬉しかった。大はしゃぎして、同僚に不気味がられたくらいだったから。
そしてその魔法を手に入れた僕は……魔導士を辞めて、旅に出たんだ。
同僚達とはあまり反りが合わなかったから、僕という厄介者が出て言ってくれて嬉しかったんだろう。辞めると分かったら皆ホッとしたような顔をしていたよ。
まあ、僕の方も彼らにはさして興味は無かったから、そんな反応も気にしていなかったよ。
そして僕は旅先で、手に入れた〈時空魔法〉を発動させた。
この魔法の効果は「異世界へと渡る」事だった。異世界へ渡るということは、時間も空間も超越するということだからね。だから、時空魔法なんて名付けたんだ。
僕はこの魔法を使ってあらゆる異世界へと旅立った。
様々な異世界を巡り、いろいろなモノに出会ったよ。自分の知らない魔法や知識、食材、景色……そして人にね。
楽しかったよ。あの時は。けれど何度目かの異世界……つまり、この世界に来た時に僕を取り巻く状況は変わってしまった。
バレてしまったんだ。秘密にしていた筈の、僕の時空魔法が。
ある日いきなり王様の元に呼び出されて……剣を向けられたんだ。
「貴様が持っているその魔法……渡してもらおう」
びっくりしたよ。誰にも言ったことは無かったからね。
いや、正確には一人いたんだけど……別の世界にたった一人だけしかいなかった男だったから、彼じゃないと分かっていたんだ。
どうして知られてしまったかは分からなかったけど、怖くなって僕はその場を逃げ出したんだ――その場にいた全員を殺してね。
そうしなければ逃げられなかったんだ。
城を出て町を抜けた僕は……ひっそりと森の中に身を隠した。
時空魔法を使いたかったんだけど、この魔法を使うにはある制約があったんだ。
異世界へと繋げられるだけの代償を差し出さなければならない、という制約がね。
分かりやすく言えば、異世界につながるゲートを開くには僕の持っている何かを犠牲にしなければいけなかったんだ。
僕はこれまで、そのための犠牲を他人に強いてきた。
どこかの誰かさんとオトモダチになって、僕が異世界へと行くためのチップとなってもらったんだ。どうやら、ある程度親交を深めた人間じゃないと時空を超えるための代償とはならないようだったんだ。まったく見ず知らずの人や、山賊とかを襲って試してみたけど、魔法は使えなかったからね。
代償になった者は、ゲートが開くと同時にどこかへと消えていったよ。どこに行ったのかは……僕にも分からない。
だから僕はその代償となる人間を探しに行こうとしたんだけど、妙な感覚が体に巻き付いていたんだ。
そう、あの時……城に呼ばれた時点で、僕は『五色の賢者』達の罠に嵌ってしまったんだ。
「『五色の賢者』……?」
僕がそこまで話すと、高崎君が食いついてきた。
『五色の賢者』というのは、この世界で古くから家系の続いてきた五人の賢者の事を言う。そしてこの空間も……五色の賢者によって作られたものなんだ。
扉の色に合わせた五人の賢者たちの力は絶大で、五人揃えばありとあらゆる者の力を封じることが出来るとされていたんだ。
その魔法を……僕は城で食らってしまっていた。気づかない内にね。
あとから聞いたんだけど、その時城には三人しか賢者が来ていなかったみたいだったんだ。残り二人は、用事があって遅れていたらい。
けれど、その三人の力で……僕は時空魔法を封じられてしまったんだ。
魔法のための術式は展開できた。けれど、何度やってもゲートが開かなかったんだ。
あの時は本当に困ったよ。僕は城で暴れたことでお尋ね者になって、毎日誰かに追い回されるようになったからね。このままじゃ、いつか捕まってしまう。
そう考えた時に一つ閃いた事があったんだ。
「僕じゃなくて、誰か別の人間が〈時空魔法〉を使えるようになればいいってね」
そうやって逃げながら、人を探し始めたよ。
けれど誰もその魔法に至る才能を持っていなかった。
皆、『魔法芽』が、根本的に時空魔法を使える適性とは異なっていたんだ。
困った僕は次の手を取ることにした。
術式は発動できたから、それを埋め込んだ魔道具を作り始めたんだ。
魔道具なら、最悪適性は何とか誤魔化せると思ったんだ。けど、問題は僕がその術式に耐えうる道具を手に入れられないと言う事だった。
逃げ続けていたから、当然金なんて持ってなかったしね。
いろいろと考えて……僕は自分の目を魔道具に使うことにしたんだ。
痛かったよ……。自分の目をくりぬくのは。でも、そうするしかなかったんだ。
そうやって自分の目に術式を埋め込んで魔道具を作ったんだけど……結局、誰もそれを使うことが出来なかったんだ。
そしてもう片方の目も、その後になってからくりぬいて魔道具にしたんだ。
嫌になったからね。片目だけは目立ってしまうから、いっそのこと両方無い方が良かったんだ。当時はそういう人たちもいたし、そっちの方が都合が良かったんだ。
……え? それじゃあ何も見えなくなってしまったんじゃないかって? 僕を甘く見すぎだよ。何の考えもなく両目をくりぬく訳が無いでしょ。
そろそろ、僕の本来の魔法を教える時が来たようだね。
僕の本来の魔法は〈魂魔法〉。魂を感じたり、壊したりできる魔法さ。
それを使えば表情は分からなくても、どこに誰がいるかとかは分かったんだ。
そしてそういう風に一年間逃げ続けていたら……五色の賢者に、とうとう、見つかってしまったんだ。




