第六十九話 帰ってきた
「ッ……」
何が起こった?
氷藤が【カナリヤ】に向かって走り出し、光に飲まれたと思った直後、急激に気温が下がり、周囲を凍らせていった。
それも、尋常でない程の広範囲だ。俺が見回した辺り一面は全て凍り付き、空までその凍えるような寒さが届いているのか、雪まで降り始めた。
俺は体を温めるように両腕を抑えながら、足元に倒れていた矢島さんを起こそうと声を張り上げた。
「矢島さん! 起きてくれ!」
「……ん? 高崎君……?」
「そうだ! 見てくれ! 急に氷が……!!」
そこまで考えて、ようやく俺は前方へと注意を向けた。
あり得ない光景が、そこに置いてあったのだから。
「おい……まさか、この氷!!」
「高崎君……!! 【カナリヤ】が!!」
そう。矢島さんも気付いたようだ。
俺達を追ってきていた【カナリヤ】は大きな氷の塊の中でその動きを止めていた。
奴の体を包んでいた光はもう見えず、ただ大きなオブジェクトとなってしまっている。
「氷藤……」
そして、その手前。【カナリヤ】を包んでいる氷の中には満足そうな笑みを浮かべて凍り付いた氷藤の姿が見えた。
急いで氷を削ろうとするが、氷は想像以上の硬さをしていて、バレット・サードでしか削れそうにない。
「矢島さん! 氷藤を助けるぞ! バレット――」
「!? 高崎君!」
だが、その時が来てしまった。
試練の終わりを告げる光。それに包まれて、氷藤がどんどん遠くへと離れていく。
「!? くそっ!! 止めろ! まだ氷藤が……!!」
「待ってよ!? まだ終わらないで……お願い!!」
諦めずに氷藤へと手を伸ばす。
だが、氷藤の姿は――俺を振り切るように遠くへと行ってしまった。
「……あと、二人くらいは生き残るもんだと思ってたんだけどねえ」
いつの間にか、俺達はセントラルの前へと戻っていた。
俺達はたった二人だけでこの場所へと帰ってきてしまった。
最後に氷藤を救えたかもしれないという後悔だけを残して。
「ね、ねえ……白川さんは? どこへ……」
「ここは、生きている者のみが入ることのできる空間だよ。ここに来てないって事は、そりゃもう……」
「ッ……!! あ、ああ……」
矢島さんは白川さんの生存を諦めていなかった。
だが、この場所ががそれを否定した。この空間は生存者だけが帰ってこれる場所だ。
そして、最後の試練で残った人間は……
「君達二人だけ、か……。まあ、おめでとう。これでここから出られるよ」
セントラルはそう言って楽しそうに笑っている。
だが、俺はそんな事よりも脳裏にへばりついて離れない事があった。
氷藤が最後に言い残した言葉だ。
――すまなかったね。本当の仲間になれなくて
「くそっ!!」
「お? どうしたの? 高崎君?」
拳で床を殴りつける。
何が……仲間じゃないだよ。何も言わず、勝手に行っちまいやがって……!!
お前は……俺達の仲間だったんだよ! それなのにどうして最後に俺達に言う言葉が……それなんだよ……!!
最後まで、氷藤の事は分からなかった。あいつに何度聞いても、自分の事は話さなかった。それでも、俺は氷藤が俺達を仲間だと思っていると信じていた。
「お前は……それなのに、何で……」
氷藤がそう言って走り出した後、俺達の方を向いて何かを言っていたようだった。
だけど、俺達は氷藤を止めるのに夢中でその言葉を聞き取ることは出来なかった。
でも、振り返った氷藤は――涙を流していた。
「何で、あんなに満足そうにしてたんだよ……!!」
そして、氷の中にいた氷藤は……とても満足そうに微笑んでいた。
とても勝手な奴だった。最後まで、分からない奴だった。
それでも……仲間だった。氷藤がいなければ俺達はここまで生き残れなかっただろう。
「く……そ……っ!!」
「ありゃ? 涙なんか流しちゃって……。まあ、分からなくもないけど」
そして、俺の悲しみを推し進めているのは、氷藤の死だけではない。東悟と白川さん。その二人もまた、俺達なんかを残して死んでしまった。
「うっ……あああああああああああ!!!!!!」
「白川さんっ……!! 久木原君っ……!! 氷藤君っ……!! ああっ……!!」
救えなかった。俺達は最後まで誰も救えなかった。
後悔が、無念が全身に広がっていく。矢島さんもまた、それを嘆いて涙を落とす。
心の底から、叫んだ。返してくれと。
皆を、死んだ俺達の仲間を返してくれと心の底から叫んだ。
だが、その叫びはこの空間にただ響くだけだった。
「……さて、そろそろ、いいかな? 二人とも」
俺達がそうやって床に突っ伏していると、セントラルが口を開いた。
「君達は生き残った。それでこの空間とはオサラバ出来るんだけど……一つ、困ったことがあってね」
セントラルはそう言って俺達二人を交互に見るように首を振った。
まるで……同意してもらいたいと言っているように。
「向こうのね……瓦礫の置いてある部屋、あるでしょ? その先が出口なんだよ。だから、どかしてくれないかな?」
瓦礫のある部屋。そこに、出口があるらしい。
だが俺はその物言いに一つ引っかかることがあった。
それを確かめるために、涙を袖で拭い、立ち上がってセントラルの方を見た。
「”どかしてくれないかな”……だと? お前、まるで自分もこの空間から出るような言い方だな」
「……そうだよ。僕も、君達と一緒にここから出るつもりだからね」
初耳だった。セントラルも此処から出るというのは、俺達の知らない情報だった。
だが、それが意味することは一つしか無かった。
「おい、セントラル……!! お前、もしかしてここから出るために俺達を利用したんじゃねえだろうな……!! 答えろ!!」
俺はセントラルを強く睨んだ。俺達が戦ってきた、その本当の理由を問うために。
そして、真実がセントラルから語られることになった。
「そうだよ。僕は、数百年、この日を待ち望んでいた。……話してあげるよ。僕の人生を」




