第六十八話 氷藤蛍士郎
「――セントラル」
第四の試練に挑む前の夜、僕は高崎君達と別れてからセントラルに会っていた。
ある事を、確かめたかったから。
「……珍しいね。氷藤君が一人で僕の所に来るなんて」
「聞きたいことがある。――本当は帰れないんだろ? 僕達」
セントラルは物珍しい顔で僕を見ていたが、そんな事は関係ない。
僕はただ知りたかった事を、セントラルに直接ぶつけた。
「へえ……。いや、分からないよ。僕は気まぐれだからね」
「誤魔化すな。お前が答えないということは、やはり――」
「で? それを知って君はどうするの? 皆に言う?」
その先に繋げようとした言葉は、セントラルの威圧するような台詞に遮られた。
こちらに向き直ったセントラルは、僕が言葉に詰まったのを見て、見下し、蔑むような表情をした。
「言わないんだね? いや、君は違うか……。言うのが怖い……そっちかな。言っちゃうと皆に嫌われちゃうからね」
「何言って……」
「だったらなんで、ここが君達の世界とは違うって言わなかったのかな? 君は僕が言う前に気付いていたじゃないか。いくらでも言うチャンスはあったよね」
「……!!」
セントラルの言葉が僕の胸の奥、触れられたくない領域に届きそうだった。
その先を言わせたくは無かった。だけど、そのための言葉が見つからずに遂にセントラルはそこ踏み込んだ。
「信頼していないんでしょ、本当は皆の事を。そして君は、その事を知られるのが怖いんでしょ?」
「……黙れ」
「言ってしまえば、皆が君を嫌っちゃうからね。高崎君や白川さん達が帰れると信じている中、君だけがそんな事思っていないなんて、言えないよねえ……」
「口を閉じろ……セントラル」
「だから君は僕に一人で会いに来たんでしょ。誰かに知られたくも、聞かれたくも無かったんじゃないの? 君一人だけが、皆の中に入れていないってことをさ」
怒りのあまり、魔法を唱えようとした。
こいつの口を塞ぎたくて仕方が無かった。それは僕の心の内に潜む感情を極めて正確に抽出した言葉だったから。誰にも見せたくない、知られたくない領域だったから。
だが、この空間は僕が感情を吐き出すことを許しはしなかった。
「ッ……!! くそっ……!!」
「あはは。魔法は使えないからね。まあ、でもいいじゃない。所詮は他人。信じられなくて当然だよ」
セントラルは表情を変えない。
相変わらず、僕を見透かしたような、勝ち誇ったような笑みを浮かべて僕を見ていた。
気分が悪い。こんな男に、抱えていたモノを知られてしまった。
皆に言われたら……
「まあ、僕も同じだよ。……けれど不快だな。君は僕とは決定的に違う所があるからね」
「違う……所……?」
「ああ。それはね――」
その先を聞いた時、僕は逃げるようにその部屋から出ていった。
セントラルは、僕の内側を完全に看破していた。
それが恐ろしくて……逃げてしまった。
「――自分の事すら、信用してないって所だね」
【カナリヤ】が後ろから迫ってきている。
逃げる僕達だが、もう体力は限界だ。呼吸は乱れまくり、肉体は悲鳴を上げている。
このままでは、三人共あの光に飲み込まれてしまうことは明白だった。
「……」
肩の怪我を抑えながら、並走する二人を一瞥した。
満身創痍。そう言い表す他無い有様だ。
それなのに、二人は久木原君を連れて行こうとしていた。どう考えても、もう命が無い彼の体を。
何故、二人は連れて行こうとしたのだろう。そして僕は何故、それを拒んだのだろう。
足手まといである事は明らかだ。担いでしまえば、あの光から逃げきれないことは分かっていたは筈だ。
それでも、二人は久木原君の生を諦めていなかった。
(死ぬぞ……そんな事を続けていたら……)
もう命が無い誰かのために、自分が死ぬ。そんなのは僕はお断りだ。考えられないことだ。
あのまま二人が担いでいくと言ったら、僕は二人を見捨てていただろう。
結果、二人は久木原君を置いて逃げた。やはり、僕の言った通りで――
――それじゃあな、東悟
(!!)
お別れ。高崎君は、そう言っていた。
僕は……何も言わなかった。ここまで戦ってきた、仲間に対して何も……。
仲間、か……。
「――二人とも」
果たして僕は、本当に仲間だと思っていたのだろうか?
そして……仲間だと思われていたのだろうか?
近くにいただけだったんじゃないのか? だから……皆の言葉を拒絶して、自分を見せることも躊躇った。自分を知られるのが怖かったから。嫌われるのが怖かったから。
だけど高崎君、矢島さん、もしかしたら君達なら――
「すまなかったね。本当の仲間になれなくて」
二人は、僕の言葉に驚いているようだった。
だけどね、僕自身が一番驚いているんだ。何故こんな決断をしてしまったのか。
でも、生きてくれるなら……二人の方がいいと思ってしまったんだ。
久木原君を連れて行こうとする二人の事だ。全員で生きて帰れると信じていた甘い彼らの事だ。きっと僕の事も、忘れないでいてくれるだろう。
「!? 氷藤、何を……!?」
「どうしたの!? そっちに行ったら……」
僕が【カナリヤ】に向かって走り出した時、二人は僕を止めようと手を伸ばしてきた。
けれど僕に、その手を握る資格なんか無いんだ。引き留めてもらう理由も……
「いや……違う……!!」
最後、走り出した瞬間、抱えた思いの全てを否定する。
今も後ろで僕の名前を呼んでいる二人。今まで、僕に接してくれた皆。
こんな単純な事に、今まで気づかなかった。皆……僕を仲間として見てくれていたんだ。
本当はね。高崎君、矢島さん……僕は帰りたくなかったんだ。家に帰っても……僕の居場所なんかなくて、学校でもずっと一人だったから。
それが君達とここに来てから……君達こそが居場所になっていた。
「ありがとう。高崎君、矢島さん」
何もないと思っていた僕に、温かいものをくれた二人へと贈る、最後の言葉。
もっと伝えたかった。一緒に帰って、二人と話をしたかった。
けれど、誰かが死ななくては、君達を生かせない。僕はもう満足しているんだ。だから……
「はは。あれ……よく、見えないな……」
走りながら、感情で景色がぼやける。
最後に二人の顔が良く見えないなんて、全く、僕らしいじゃないか。
「さて、【カナリヤ】。一緒に地獄に落ちようじゃないか」
『……』
言葉は少ないくらいで丁度いい。
僕は目前へと迫った【カナリヤ】の光の中へと飛び込んだ。
「これが、最期の魔法だよ。……コールドゲーム」
その魔法を唱えて、僕の世界は氷に包まれた。




