第五十二話 価値観
セントラルは、奇妙なまでに口を開かない。
壁際で考え事をしているセントラルに俺達は近付き、口を開かせる。
「……それで、何か用かな?」
「話せ。約束だろ、俺達が帰れるかどうかを話すって」
「ああ……そう、だったね」
気持ちを切り替えて……いや、まだ忘れることは出来ないが、俺達はセントラルを睨む。
試練の前にこいつが言っていた、約束を果たしてもらうために。
「言え。グズグズするんじゃねえ」
「結論から言うと……帰せるとも言えるし、帰せないともいえるね。少なくとも、試練をクリアしてすぐに帰す……それは無理だね」
「! お前……」
「慌てないでよ。まだ話は終わっていないんだから」
曖昧な返事。
しかし、試練を終えたら帰ることが出来る……そうじゃないことは、今ハッキリとこいつの口から語られた。
俺達の反応を制止して、セントラルは言葉を続ける。
「今の僕には、もう君達を別世界へ送れる力は無いんだ。だから君達は……帰るためには、別の方法を使うしかない」
「別の方法……何かしら? それ」
「僕の作った『魔道具』。まだ壊されていなければ、それが外の世界のどこかにあるはず。それを使えば、君達は帰ることが出来る」
セントラルは、その後に『魔道具』について説明した。
一言で言ってしまえば、魔法の力が込められた道具。対象の道具に魔法の力を埋め込む魔法陣を描き、半永久的にその力を使えるようにした道具の事らしい。
セントラルが作り出したその魔道具があれば、俺達は元居た世界に戻れるという。
「僕の力が埋め込まれているからね。君達全員を帰すくらいの事は出来ると思うよ」
「どこにあるんですか? その魔道具……」
「分からない。何せ、僕は数百年もこの場所に居るからね。外の情報は入ってこないんだ」
「数百年!? てめえ……どういうことだ!?」
「そんな年には見えないな。本当に言っているのか?」
数百年。【黒】の言っていた事と繋がった。
「おい、セントラル……【黒】は数百年間、誰とも会っていないと言っていたぞ。お前……ここで数百年も、何をしていたんだ?」
俺はセントラルに尋ねる。
この長い長い年月の間、こいつは此処に居た。
しかも、口ぶりから察するに、外に出ることは出来なかったらしい。ならば何故、こいつはこんな場所に留まっていたのか。
「試練をクリアすれば、外に出られるんだろ? どうしてお前は試練に挑まなかった? お前程の力があれば苦戦なんてしなかっただろ」
これは本音だった。熊、龍、霧、そしてあの武士。どれも強敵だった。だが、あの時東悟を吹き飛ばしたセントラルの方が、まだ強いと俺は感じていた。
それくらい、こいつは底知れない力を持っている。
「答えろ。どうしてお前は数百年、何もしていなかった」
「答えなさい。私も知りたいわ。何百年も居れる場所じゃないでしょ」
「…………」
「言わないつもりか?」
「おい! 黙ってねえで何か言え!!」
全員で詰め寄る。
こいつへの違和感の正体が、その答えの中にあるかもしれない。
こいつの目的、感情、背景。その全てがこの質問の中にある気がした。
「……言えないな」
「!? お前……!!」
「僕個人への質問に答える気はないよ。……君達も、興味は無いでしょ? 僕の人生になんて」
だが、セントラルは答えない。
こいつは、自分の事は何も話さない。
「……」
そして、それと同じ男を一人、俺は知っている。
氷藤。こいつも、今のセントラルの言葉に何かを感じたようだ。じっと目を伏せて、固く口を閉ざしてしまった。
俺が見ているのに気付いて、氷藤は俺から目を逸らした。
「あなた個人の問題だけでは無いと思うのだけど? この場所がどういう所か……それにも関係すると思うのだけど?」
「てめえ……ここまで来て話さねえつもりか?」
そんな氷藤に白川さんと東悟は気付いていないらしい。
セントラルの言葉に反論し、意地でも話させる気だ。
「嫌だね。それだけは話さない。例え君達が試練を全て突破しても……断るね」
「どうして……そんなに話したくないんですか?」
「意味が無いからさ」
その物言いには妙な確信があった。
まるで、さも当然という口調で、セントラルは言葉を続けた。
「何かあるのかい? 君達に話して。自分の人生を話して、何か僕に得があるのかい?」
「得とかそういうのじゃなくて、私達は……」
「自分が生きている事にだけ価値があるんだ。誰かに話す必要も、誰かの人生を知る必要も無いと僕は思う。そんな事をしても、何の意味も無いからね」
無意味。セントラルは俺達の質問をそう切り捨てた。
「全て無意味さ。君達も、僕の人生を知った所で何も出来やしない。仮に君達が知りたいことがその中にあったとしても、やはり僕は言わないよ。だって、僕は何も得られないからね」
「他人の人生を知ることも、話すことも意味は無い……そう言いたいのか」
「ああ。だからこそ、生きていることにのみ価値があるんじゃないか。損得、有意味無意味を問わず自分だけが人生を決めることが出来る。そこに他人を入らせる必要なんて無いんだよ。……分かるかな?」
セントラルの価値観。それが今ハッキリと分かった。
必要なのは自分だけ。他人の事は、考える必要も無い。
こいつは、その言葉を自分の中で真理だと捉えていた。




