第百八話 高崎正真vsピート
「ふふッ!! こういうスリルはたまらないわぁ!!」
「言ってろ! バレット・セカンド!!」
最初の一発は女に余裕で叩き潰されてしまった。ムカつくぐらいにあっさりと、虫でも払うかのように無造作に。
しかし、そんな事はさっきのやり取りで俺も承知している。
俺の本命はその弾丸じゃない。先出しの権利を利用して、女から遠ざかる事だった。
「あら?」
「シャドウ! 玲香! そっちに撃つぞ! バレット・セカンド!!」
当然だ。俺の力量は俺が一番良く知っている。
ましてや、俺の弾丸を軽々と捌くような女との一対一の戦いに興じる気などさらさらない。
男達に阻まれている二人を助け、共にあの女と戦う。それが俺の考えうる最善の一手だった。
「ぐあッ!?」
「なっ!?」
俺が男達に撃った弾丸は四発。その内二発が命中し、敵の数を減らす。
そして男達が俺に気を取られた隙に……二人とも動いてくれた。
「セークリッドフォース!!」
「黒式剣術、〈五月雨〉!!」
聖なる光線と斬撃の雨。
玲香とシャドウの攻撃はそれぞれ二人に命中し、一気に四人、その戦闘から離脱させた。
男達の数は最初正確には把握出来なかった。けれど今減らした人数を除けば、残りの数は十二人という事が分かった。
「よし、二人とも、この調子で――」
「ふふ、なかなか面白い事やってくれるじゃない? タカサキ・ショーマ」
「ッ!?」
「けれど、もう逃がさない。ごめんなさいね。少しだけ腹が立ったから……強めに叩き潰してしまうかもしれないわ」
振り向くと既に女は俺を射程に捉え、ハンマーを振りかぶっていた。
女の表情は相変わらず伺えなかい。しかし……口元を見れば不快感を覚えていることは明らかだった。
「ぐッ……シールド!!」
幸運にも、俺は咄嗟に防御の魔法を唱えられた。
振り下ろされた粉砕の一撃はいとも容易く俺の魔法の壁を破壊する。その一瞬を利用し、絶妙な目隠しとなった壁とハンマーの隙間を俺はギリギリで躱す事が出来た。
そして対象を見失ったハンマーは地面を破壊し……再び大地が揺れた。
「ッ!!」
「あらら。またやっちゃった。ごめんなさいね。私あまりこれの扱いが慣れていないものだから、ね?」
ひび割れた地面。この女が攻撃を繰り出す度にこの町が、大地が上下する。
雨を、空間を切り裂く重撃は止まらない。俺が怯んでいる間に女は素早く駆け出し、手首を返して今度はハンマーを横に薙ぎ払う。
「ちいッ!! バレット!!」
「おほほ!! そのような下級魔法で止められる攻撃では無いわ」
「ぐッ……クソッ!?」
「弱すぎますね。この程度の男にビャクラ様は負けたのでしょうか?」
「バレット!! バレット・セカンド!!」
「ふふふ。見苦しいですよ。弱い弱い」
何度も魔法で作り上げた弾丸を女に撃ち出し、浴びせる。しかしその全てを女に躱されてしまう。
威力不足。速度不足。魔力不足。自分の魔法の未熟さを痛感させられるが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
女は確実に俺との距離を詰めている。この距離を、なんとか死守して――
「はい、アウトですね」
「がッ……あッ……!」
突如、強烈な衝撃が横から俺を殴りつけ、建物へと叩きつける。
何が起こったかを正確に理解できた時……既に俺は内臓を吐き出しそうになる程の致命的な損傷を受けていた。
女は……ハンマーで俺を薙ぎ払ったんだ。見十分な威力で、見えない速度で、そして、殺さない程度に。
背中と脇腹。骨の二、三本……いや、それだけで済んでいる訳がない。内臓にも本当にダメージがあったのか、呼吸を吐き出した時に鉄味の赤褐色も共に地面に吐き出された。べちゃりと音を立てた液体は、静かに雨水に溶け込み、やがて見えなくなった。
「ぐ……ゲホッ……!!」
「正真君!!」
「むうッ……正真殿!! ええい、退けい! 貴様ら!!」
ぼんやりとした聴覚で、玲香とシャドウが必死に俺の名を呼んでいるのが分かった。
だが同じく妙に白くなった視界が、二人がこちらに来れない事、そして……女がゆっくりとこちらに近付いているという事実を残酷に告げていた。
「ふふ。安心しなさい、殺しはしないわ。これで分かったでしょう? 貴方は私に勝てない」
「……何だ? その、手の……マーク」
「あら。今頃気付いたのかしら? ふふ、いいわ教えてあげる。これはね、〈付与魔法〉よ」
女の手首には、オレンジ色の魔法陣のようなものが記されていた。
発光したその魔法陣から俺は微かな魔力を感じ、女に尋ねてみた。
それは勿論疑問に思ったからでもあるが……一番の目的は、受けたダメージを和らげるための時間稼ぎの為だった。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、女はタネを教えてくれた。
〈付与魔法〉。攻撃や防御の為の魔法ではなく、あくまで補助的な役割をする魔法の事だ。以前カーディさんに教えてもらった事がある。バフとデバフ、援助と妨害。その両方の性質を併せ持つ魔法。例えば肉体強化の付与魔法を自分にかけると一時的に自分を強化出来るし、速度低下の付与魔法を敵にかければ相手の動きを鈍くすることが可能になる。
そして付与魔法最大の特徴……それは、他人にかける事が出来る、というものだ。
「私の名はピート。付与魔法に絶対の自信を持っているの。そしてこれは筋力強化の付与魔法、〈剛力の刻印〉。私一人の力では、こんなもの振り回せないもの」
「成程な、あんたが俺達を特定できた理由がようやく……分かったよ」
「あら?」
「以前、ある人に聞いたんだよ。付与魔法の使い手は……自分の付与魔法が何処で、誰に、どのように発動するのかを確認するために魔力痕跡……つまり魔法の使用痕跡を追う能力に長けている、とな」
「ふふ。そうね。それで?」
カーディさんの言っていた事だから、あまり信用は出来なかったが、事実だとすれば辻褄が合う。
この女は、この町でとある魔法の痕跡を見つけ、その持ち主である俺に目を付けたんだ。
知り合いの魔法。仲間の魔法。こいつらの組織の誰かが俺を捕まえる時に使っていた魔法。
いずれにしろ、自分達の仲間の魔力痕跡を見たら俺だって怪しいと思うからな。
そして。恐らくそれは――
「”エデンの魂”……だったか? あの薬の魔力痕跡を見つけたんだろ? 随分ビャクラ達に塗りたくられたからな……」
「まあ、正解よ!! すごいわ、タカサキ・ショーマ!! 今すぐ私の弟子になる気は無い? 安心して。私の指導は厳しく無いわよ。今すぐ捕まえて、要件を済ませたらたくさん教えたいことがあるの!!」
女は手品のタネが割れたことにも驚かず、大はしゃぎしていた。
だが喜びの時間より一転、すぐに戦闘態勢に入り、ハンマーを握り直した。
「ふふ。時間稼ぎはもう十分でしょう? しっかりと休ませてあげたもの」
「はは……本当に、優しいみたい……だな。こっちは……余裕ねえってのに」
「そのままおとなしく座っていてくれたら嬉しいわ。けれど貴方、まだまだやる気なんでしょ?」
やはり、バレていたようだ。諦めていない、という事は。
(だが……これはまだバレてないだろう)
氷藤じゃないが、話の最中に作戦を思いついた。あいつのように上手くいくかは分からない。
けれど、もう他にピートを倒す方法は思いつかなかった。
「ああ。あんた達に……捕まる気は無い。行くぞピート。ここからが……本番だ」
戦うために、痛みを堪えて震える足で俺は立ち上がった。
呼吸は苦しい。目も良く見えない。雨のせいで、体温も低下して凍えそうだ。
だが逆境は何度も経験して慣れている。そういう時こそ、見栄を張って前に突き進んだ方が良いことを知っていた。
「今度は負けねえぞ。バレット・サードをあんたに当てて……俺が勝つ」
「最大魔法かしら? いいわ。ならばその魔法ごと叩き潰して、貴方を捕らえましょう」
雨は、さらに降り続いている。




