第百七話 雨と女とハンマーと
リアルの方の事情で、今日は一話だけの投稿になります。
「これは……一体……!?」
俺達のいた部屋は一瞬の内に一階部分まで粉々に砕けてしまった。
破壊された部分の木材は引きちぎれ、ささくれ立っている。その破壊跡に雨水が染みて……明るい黄土色だった柱を朽ちたような茶色へと変貌させる。
宿屋の女将さんは動揺し、で言葉も出ないようだ。
だが俺達が目を向けていたのはそこじゃない。突き出た柱の上……ハンマーを背負った女が佇んでいた。
女は修道服のような恰好でフードを被り、焦げ茶色の髪を肩にかけている。濡れた服が体のラインを強調し、その豊満さを示す。
そしてその口元は……優しく、ただ優しく微笑んでいた。
「! 皆、避けろ!!」
そんな俺の目線に気が付いたのか、女は背中のハンマーを引き抜き、高く跳躍した。
落下の勢いを利用して……女は敵意に満ちた一撃を俺達めがけて繰り出す。
「ッ……!? クソッ!!」
衝撃が建物全体に波及し、大地を揺らすような気がした。
二回の床を叩き割ったハンマーは一回の調理場までも叩き潰す。
その下で一瞬だけ悲鳴のようなものが聞こえたが……雨の音と崩壊音に飲み込まれ……やがて、消えた。
「ぐッ……!! バレット・セカンド!!」
「!!」
これ以上被害を広げてはならない。
この女が何者なのかは分からないが、俺が今すべきことはこの女を止める事だ。
一般人までも犠牲にした事への怒り。その感情を込めた弾丸を俺は容赦なく女へと浴びせた。
「ふふ……」
しかし女は不気味に笑う。
女の力では持ち上げることが困難なほどの重量物、ハンマーを回転させることで俺の弾丸を防ぎ、叩き落す。
荒れ狂うようなハンマーの動き雨をも切り裂き、大地を揺らす。
既に何度も地面に、建物に繰り出された剛撃は近景を悉く破壊し、瓦礫へと変えていった。
「正真殿!! 周りを見るで御座る!」
「これは……何人いるんですか!? シャドウさん!!」
さらに事態は悪化する。
女だけじゃない。俺達は覆面で顔を隠した男達に囲まれていた。
建物の陰に、屋根の上に剣を構えた男達は雨に濡れることも構わず俺達を不気味にじっと見て……銅像のように動かなかった。
「……ふふ。すごいでしょう、私の部隊は」
「!! ……へえ、喋れるのかあんた……!!」
「それは勿論。もしかして無口な方が好みだったかしら?」
俺とシャドウ、玲香がその男達の出現に困惑していると、ハンマーを持っていた女が突然話しかけてきた。
雨にもかかわらず、女の声はよく耳に聞こえた。透き通るような、穏やかな声。まるで本物のシスターのような、懺悔したくなるような声。
このような事態にならなければ聞き惚れてしまったであろうその声の主は、今攻撃を止めて俺と話したくなったらしい。
女が口を開く事は無いと考えていたから一瞬驚いたが、覆面の男達に警戒しながら、俺も雨の中へと足を踏み入れて女と語り合う事を決めた。
「それでこれはどういう事だ? あんたらが海賊の一味なのか?」
「いいえ。私達はあなた方を捕らえに来た者……。海賊達は利用したに過ぎません。彼らのおかげで……今この町は混乱状態。兵士たちも気付かないでしょうね、町中でこんな小競り合いが飽きているこ事に……。そうでしょう? タカサキ・ショーマにヤジマ・レイカ」
「……人違いだな。俺はショウであっちはレイ。そんな馬鹿げた妄想で宿屋をぶっ壊したってのか?」」
「ふふ。必死になっちゃって……可愛いですね」
そして俺の最悪の予想は当たってしまった。
こいつらは……ビャクラと同じ組織に所属する奴らだ。海賊の襲撃を利用して、俺達だけを狙い打ってきやがった。手を組んでいたのか、はたまた利用し合っていただけなのかは分からないが、いずれにしろ兵士たちは海賊にかかりっきりで助けを呼ぶことは出来ないだろう。
だが問題は、どうして奴らがここに居るのか、という事だった。
俺と玲香は入り口で冒険者証を提出はしていないし、日中はフードを被って行動していたから顔がバレるという事は無かった筈だ。なのにどうして……。
「……どうしてバレたのかって顔をしているわね。ふふ。おとなしく同行してくれたら話してあげてもいいわよ。……個人的に、ね」
「……意味が分からねえな。俺達はそんな名前じゃねえぞ」
「あらら、往生際がわるいのね。けど、あなた達に逃げ場は無いのよ」
女が片腕を大きく上げると、覆面の男達は俺を無視してシャドウと玲香の前に立ち塞がった。
分断。俺はこの女によって、一対一の状況を作られてしまった。
「てめえ……!! 」
「ふふ。本当はこんな事はしたくないんですよ。けれど炎王様がどうしてもあなただけは捕獲しろとの仰せで……私が直々に倒すことを決めたのですよ」
炎王。その名はビャクラも言っていた。
正体は分からないが、やはりこいつらは……俺達を狙っている奴らのようだ。
「正真君!! 一人じゃダメ! 私が行くから……」
「正真殿!! 急ぎそちらに……」
「あなた達。その二人を止めなさい。ただし……女の子の方は殺してはダメよ?」
「「!!」」
男達は一斉に剣を構え、玲香とシャドウの足止めに回ってしまった。
恐ろしい程に統率のとれた集団となった敵は連携して玲香とシャドウに襲い掛かった。
「む……!? こ奴ら……!?」
シャドウが強行突破しようと剣を振るっているが、男達の連携は想像以上に強力なようで、シャドウの一振りを連携で対処しきっていた。
一方の玲香も魔法を放って男達を引き剥がそうとしていたが、足止めという目的の為に回避に専念している男達には当たらない。
思うように包囲を抜けられずに苦虫を嚙み潰したような表情で雨に濡れる玲香とシャドウ。
二人の手を借りることが出来ず……俺は女と対峙せねばならなかった。
「ふふふふ。怖がることは無いのよ? 死にはしないのだから。ですから……私と一緒にデートしましょ?」
「……あまり質の悪い冗談は止した方がいいぜ。俺がデートしてえ女はこの世界でたった一人だけだ」
「うふふ……可愛いし、若いわね。けど安心して? 私達と一緒に来れば永遠にその子とデートできるわ」
ハンマーを構える女。それに対し、バレット・セカンドの弾倉をフルにして右手に構える俺。
激しい雨の中睨み合う俺達の邪魔をする者は、誰もいない。ただそこには戦意に満ちた男女がいるのみ。生きるか死ぬか。命を懸けて……お互い目の前の相手を倒さねばならない。
前髪から垂れてきた雨水を左手で拭い、俺は女に銃口を突き出した。
「俺から先でいいよな? それくらいは許される筈だ」
「勿論。貴方の好きなタイミングで構わないわ」
開戦の合図。号砲となる弾丸。
雨は、まだ止みそうにはなかった。




