第百六話 安らぎの岩
「ここがモンテビオラの名所、”安らぎの岩”。昔から死者の安寧を祈る場として有名な場所で御座るよ」
シャドウに連れられて、俺達は大きな岩の前に来ていた。
5,6メートル程……だろうか? それくらいの大きさの白色の岩石。そしてそこには……この世界の文字が掘られていた。
「”汝の魂が行くべき場所へ”と書いてあるので御座る。さ、ここに花を供えるで御座るよ」
例によって、シャドウが文字を翻訳してくれた。
文字の前には……俺達以外にもここに来る人達がいるのだろう、たくさんの物が供えられていた。赤や黄色、紫……色とりどりの花に、食べ物、手紙、人形……多くの人が、誰かの魂の平穏を願っている。
この岩の事は知らなかったが、それだけで誰かとのつながりを感じさせてくれた。
「……あら? あなた達もお祈りを?」
そして安らぎの岩の前にいたのは俺達だけじゃなかった。
栗色の髪をした、優し気な女性。岩の前で手を合わせていたその女性は俺達に気付いたようだ。
「うむ。貴殿も誰かの死を悼んでおるので御座ろう?」
「ふふ……はい。これで……彼も安心して天国に行けると思うんですよ」
恋人でも亡くしたのだろうか、女性は悲し気な瞳で岩の前に真っ赤な花を供えていた。
「さ、どうぞ。私はもう済ませましたから……あら? ふふ……」
「? えと、何か……」
「いえいえ。何でもありませんよ」
女性は俺達に献花台の前を譲った時、何故か俺の方を見てそんな事を言ってきた。
物腰の柔らかな声だったが、そこには微かな興味、関心……そして僅かに敵意が込められている気がした。
香水をつけていたのだろうか、女性が俺の前を通って立ち去ろうとした時、柔らかな香りが俺を包んで――離さなかった。
「……」
「どうしたの? あの人が気になるの?」
「いや、何でもない。……それじゃあ俺達も祈ろう。えーと……レイ」
「そうだね、ショウ。皆喜んでくれるかな?」
危うく本名を言いかけてしまったが、俺達は先程考えた偽名でお互いを呼び合う。若干安直な気がしないでもないが、シャドウ曰くあまり本名とかけ離れていない方が偽名というのはボロが出にくいらしい。
また、俺達に同行するシャドウの名も極力呼ばないことにした。
兎も角、俺達もシャドウに続けて花を供え……彼らの事を思った。
(お前ら……見ていてくれ。絶対に俺達は帰って見せるから)
今隣にいない、クラスの皆。その肉体すら、消えてしまった仲間たち。
彼らが果たせなかった悲願、地球への、日本への帰還。俺はそれを強く心に誓った。
そしてそれは玲香も同じだったんだろう。祈る様に両手の拳をがっちり合わせ、神妙な面持ちで祈りを捧げている。
祈りを終えた玲香は……決意に満ちた目をしていた。
「レイ……」
「行こう、ショウ。私達には……この町でやらなければならない事があるから」
「そう、だな。お前は……」
そろそろどうだ? その先の言葉を、俺は言う事が出来なかった。
シャドウは――涙を流していた。ただじっと花を見て……岩を見て、頬に一筋の本心を見せていた。今までずっと我慢していたのだろう。俺達に心配させないように、只管に押し殺していたのだろう。
俺達なんかよりもよっぽど長い時を過ごした弟子。それを無残に殺され上に死体を確認する暇も無かったシャドウの悲しみは……想像するに余り有る。
「……二人共、済まぬで御座るな。もう、良いで御座るよ」
「でも……」
「もう、いいので御座る。過ぎてしまった事とは理解しておるし、拙者らにはすべき事が残っている。それに師匠がめそめそとしていては、あ奴らに申し訳が立たぬで御座るよ」
涙を拭い、剣を腰に差して立ち上がったシャドウ。
威風堂々としていた剣士は……今この時だけは、一人の漢として俺達の前にいた。
「行かねばならぬ。……行くぞ、ショウ殿。レイ殿」
俺と玲香は黙って頷き、シャドウに付いて行く。
シャドウが供えた花。その一輪から大粒の雫が垂れて……やがて岩にかかった。
「さあ、探すで御座るよ。この薬の在りかを」
シャドウのその一言で、俺達はとりあえず町の主要な商会が取り扱っているカタログを見ていく事にした。
この町一番の商会、この町で最も古い商会、他国との貿易額が一位の商会などを次々と当たったが……結果は芳しくなかった。
どの商会のカタログにも俺達が持っている回復薬は載っておらず、俺達では手が届きそうにない程の額で、文字が読めないから何に使うかも分からないような商品を延々と見せられただけだった。
収穫、無し。俺達は今日の調査は打ち切り、シャドウが予約してくれた宿屋で今後の事を話し合う事にした。
「……ああ、やっぱり雨が降って来たな」
夕方から天気は益々怪しくなってきて、俺達が宿屋に到着した直後にざあざあと雨が降り始めた。
モンテビオラは海の近くにあるために潮風の影響で天気がこういう風に崩れる事は珍しいらしく、さらにこれ程の土砂降りになったのは今年に入って初めての事だという。
「ふむ……なかなか、壁は厚いで御座るな」
「……何やってんだ?」
「盗み聞きをされぬよう調べているので御座るよ。この様子なら……大丈夫そうで御座るな、正真殿」
遂にシャドウが俺の名前を口にした。という事は……ここから先の会話は、聞かれちゃまずいって事だな。
「それで……どうするんですか? 今日は十か所も商会を回りましたけど、この薬を取り扱っている所なんてありませんでしたよ?」
「正真殿によれば、この薬は塗るだけで即効性の回復が可能……という事でよろしいで御座るな?」
「ああ。ビャクラにナイフで刺されまくってもすぐに傷が塞がったからな」
「おかしいで御座るな……。それほどの効果を持つ商品は、絶対に大きな商会の品だと睨んだので御座るが……」
確かに、これ程の効果を持つ薬を小さな商会が持てるとは思えない。
ケースのデザインも考慮すれば、確かに財力を持っている商会のモノだという事は推測できるが……今日、それが否定されてしまった。
「他の国の商品っていう事は無いのか?」
「むう……。そうかもしれぬで御座るが……グローリアは関税に厳しい国で御座るぞ? 下っ端のビャクラが二つも三つもそれを持っていたと考えると、やはり国内の商人が取り扱っている品物と考えるのが妥当で御座るが……」
もし国外の品だとすると、グローリアに輸入するには莫大な金が必要になる。
敵はほぼ間違いなく貴族か領主だという事は分かっているが、大金をはたいてまであのビャクラに持たせたりするものだろうか?
仮に違法にこの国に持ってきたとしても、かなり貴重なこの薬をビャクラが数個も持っていたのはやはり不可解だ。
「けど、どこも売っていなかった……」
「だったら、どういう事なんでしょうか……? もしかして私達に隠していたとか……?」
「いや、それは考えにくいで御座る。これ程凝った造りの品物を隠す商人はおらぬで御座る。それに拙者らは素性を偽って商会に接触したから敵にバレているという事もあり得ぬ。という事は……むう、やはり範囲を広げるべきか……?」
話が行き詰ってしまった。そう考えていた時、何者かがドタドタと階段を慌てて駆け上がり、勢いよく俺達の部屋のドアを開けた。
「!! ……お、女将さん……!?」
俺達は敵が来たものと感じて身構えたが、そこにいたのはひどく焦った様子のこの宿屋の女将さんだった。
恰幅の良い体格で強気という印象を俺はこの女将さんに抱いていたのだが、どうも様子がおかしかった。
「どうしたんですか!? 何かあったんですか!?」
「か……海賊が港から攻め入って……あちこちで火の手が上がっているんです! 急ぎ避難を……!!」
「海賊!? 何でこんな時に……!!」
その状況に困惑していた時、突如空から何かが飛来してくる気配を感じた。
憎悪、復讐、怨念……負の感情の集合体のような攻撃が、今俺達の頭上から振り下ろされようとしていた。
「玲香! 今すぐこの部屋から出るんだ!!」
「え!? ちょ、正真君!?」
「早く部屋を出るで御座る!!」
後一瞬部屋から出るのが遅れていれば、俺達は助からなかっただろう。
突如として目の前にあった部屋が崩れ去り……暴風雨がゴウっと宿屋の中に吹き荒れる。
雨のモンテビオラ。海賊の襲撃。
そして俺達の敵は――柱の上で静かに微笑んでいた。




