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時空(じくう)の旅人  作者: 抹茶
第二章 その異世界へ
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第百五話 モンテビオラの商人


「さあ! うちの食品を買っておくれ! 今なら二割引きだよ!」

「兄ちゃん、こっちはどうだい!? 向こうの店なんかより断然いいだろ!?」

「新しい道具が入荷しました! 個数限定品ですよ~!」


 流石商人の町。凄い気合の入りようだ。

 果物や肉、魚などの食材からアクセサリーや宝石といった装飾品。他には雑貨、本、武器……ありとあらゆるものが売り出され、店番が腹から声を張り上げている。


「なあ、もう少し下げれねえか?」

「無理無理。これ以上安くしちまったらあたしは死んじまうよ」

「そこを何とか……」


 そしてそれに負けないくらい買い手も気合が入っているらしい。

 どの店も値札が書いてあるのだが、誰もがやれもう少しまけてくれだの、向こうの店はこれより安いだので値切りを試みていた。

 しかし不思議な事に、もう少し安くしてくれとねだる客と、これ以上は無理と断る店側の人達のやり取りは、どこか楽し気に見えた。

 まるで値段の事よりも、その会話の方を重視しているような……。


「ふふ。当然で御座るよ。実際彼らは値段の事はどうでもいいので御座るから」

「けど、少しでも安く買いたいと思っているんじゃないのか? あんなに値切っているし」

「店側も、余程無茶でない限りは最終的に値切りに応じるので御座るよ。それよりも彼らは、今この時の対話の方を重視しているので御座る」

「対話?」

「モンテビオラは物だけでなく人の往来も盛んな町で御座る。この町で生きている商人は多くの店の中で自分の店を選んでくれた客に対して最大限の対応をして再び自分の店に来てほしいと願うので御座る。その為に客側の値切りには応じるし、会話も何時間だって続ける。一期一会の出会いを何としてもものにしようとするので御座るよ」

「えと……つまり、お客さんに強く印象に残してもらうためにああやっていつまでも値切りに応じているってことですか?」

「左様で御座る。なかなかいいカンしているで御座るな。そしてそれは客側も同じ。値切りの会話自体を楽しむ事で、店の人間の性格を見定めようとしているので御座る。……まあ、拙者には出来ぬ芸当で御座るが」


 俺達の前で値切っていた男性は、どうやら値段を安くしてもらう事に成功したようだ。

 男性は喜んでいたが、店の主人も満面の笑み。お互い納得した上での交渉だ。

 

「すげえな……こんな買い物があるなんて」

「こうすることでこの町は発展してきたので御座る。効率よりも、人情を重視した商売。人と人とのつながりがこの町では重視されているので御座るよ。しかしそれも分からぬ大馬鹿者は……」


 シャドウの視線の先では長時間の交渉に業を煮やしたのか、筋肉質の男が店の男性に掴みかかっていた。今にも武器を取り出しそうな剣幕の男だったが、なんと店の男性はその前に男を投げ飛ばし……完全に気絶させてしまった。

 細身なのに自分の倍近い体格の男を投げ飛ばせる程の強さを見せつけた男性は周囲に騒動を謝罪していた。

 そして倒れた男を引き摺って……どこかへと消えて行った。


「ああなるで御座る。”不届き者には無法をもって返せ”……この町の格言で御座る」

「いや待てシャドウ。何なんだアレ? この町の商人ってあんなに強いのか? 正直今の人に勝てる気がしないんだが」

「なに、心配いらないで御座る。無礼をしなければああはならないで御座るから」

「あの、質問に答えていない気がするんですけど」

「では、まず花を買いに行ってもよろしいかな? この先に贔屓にしている店があるで御座るから」

「無視かよ。ああ、もういいや……」


 モンテビオラの恐ろしい実態を垣間見てしまった気がするが、気にせずシャドウの後に続いた。

 俺と玲香はこの町に入ってからフードを被り、極力素顔をさらさないようにしている。敵が何処にいるかは分からない、警戒して町中を進んでいく。

 見たところモンテビオラはインフラ整備もしっかりとしており、道は綺麗に清掃され、下水道まで完備されているようだ。成程、こういう所にもこだわる町なのか。

 そうこうしながら、ようやく人通りの少ない所に出て、シャドウは目的の店に辿り着いたようだ。


「ここが、拙者がよく来る店で御座る」

「へえ。ザ・花屋って感じだな」

「店先にまでお花がいっぱいですね。うわあ、いい匂い!!」


 二階建ての建物の一階部分。そこがシャドウの目当ての花屋だったようだ。

 通りにはみ出るくらいの花が並べられており、独特の香りに満ちていた。


「あれ? シャドウさん? シャドウさんですか!? お久しぶりです!!」


 そして花の香りを楽しんでいた時、店の中から元気な声が聞こえてきた。

 両手に抱えていた花入りのバケツを床に降ろし、ようやくその少年の顔を確認できたのだが、なんとその少年は頭に動物の耳を生やしていた。

 この世界でその種族に出合うのは初めてでは無かったのだが、予想していなかったのと見慣れていないせいで一瞬驚いてしまった。

 

「猫人族!?」

「む、そうで御座る。彼はワビ。この花屋の店主で御座る」

「店主!? 随分とお若いですけれど」

「いえいえ。僕もこう見えて結構……ああいえ、何でもありません。ところでシャドウさん、こちらのお二人は……?」

「こちらは……拙者の弟子で御座るよ。なに、新しく門弟になりたいと泣き疲れてのお」

「は? シャドウお前何言ってんだ? えと俺は高崎……」

「ちょ、ちょっと待って!!」


 ワビさんに自己紹介をしようとした所、玲香に小声で引っ張られてしまった。

 そして少し離れた所で……玲香は周囲を見渡し、さらに小さな声で俺を睨んでいた。


「おい、何だよ!?」

「あのね正真君。敵が何処にいるか分からないんだよ? それなのに安易に名乗っちゃ駄目でしょ? もしあのワビさんが敵の一味だったらどうするの? 私達がここに居ることがバレちゃうでしょ?」

「う!?」

「だからシャドウさんもこの町に入ってからは私達の名前を言わないようにしていたんだよ。分かる正真君? そういう事に気を回さないといけないの」


 かなりきつめに玲香に怒られてしまった。

 だが、これに関しては完全に俺が悪い。敵と戦う事ばかり考えて、正体を隠すという事に一歩考えが足りていなかった。

 これからは……そういう事にも気を使っていかなければならない、という事か。


「済まないな、れ……いや、これは言っちゃいけないんだったか」

「気を付けてね。シャドウさんの事まで把握されているかもしれないんだから、簡単に名前を言い合っちゃだめだよ。偽名でも使わないと」


 俺達が少し離れてそういう会話をしていた時、シャドウとワビさんは購入する花を相談しながら、雑談を交えていた。


「そういえばシャドウさん、知っていますか?」

「む? 何で御座る?」

「最近商船が海賊に襲われてるっていうんですよ。だから海は危ないんですって」

「ほう。それは知らなかったで御座る。成程、では海は避けた方が無難で御座るな」

「そうですね。あれ? それじゃシャドウさんはあまりこの町には滞在しないんですか?」

「目的を果たせば、といった所で御座るな。まあ、どれほどかかるか見当もつかぬが……」

「どっちにしても気を付けてくださいね。近頃じゃ海賊がこの町を乗っ取ろうとしてるなんて噂もあるくらいで……少しばかり人が減ってるんですよ」

「それは誠か? それならばお主……」

「いえいえ! モンテビオラの商人は強いですから! このくらいへっちゃらです! あ、もし不安ならこのお花なんてどうです? 幸運を呼ぶ花なんですけれども……」


 玲香と色々と話し合い、下手な事は慎むように決めて花屋へと戻ってみると……十数束もの花束を抱えたシャドウがワビさんと値切り交渉をしていた。

 いや、買いすぎだろと思ってしばらく見届けていたが、結局知り合いという事でワビさんは二割負けてくれた。


「おい、なんでそんなに買ったんだよ」

「いや、上手く口車に乗せられてしまい……つい買いこんでしまったで御座る」

「もしかしてカモにされてます? あの店長さんに」

「いや、そんな事は……確かにいつもこれ程買ってしまうが……」


 確実にカモにされているな、シャドウ。流石モンテビオラの花屋。なかなかやるじゃねえか。

 そうして多くの花束を抱えた俺達はそれらを手向けるために町はずれの墓地に向かっていたのだが、その途中でぽつりと水滴が俺の鼻先にかかった。

 

(雨が降りそうだな)


 雲は黒ずみ、層が厚い。

 不穏な空が雨だけでなく、敵意まで伴っていたことに、俺達は気付かなかった。

 

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